概要
アフリカ睡眠病(ヒトアフリカトリパノソーマ症)は、ツェツェバエの刺咬(しこう/刺されること)を介して感染する、命にかかわる可能性がある寄生虫感染症です。多くの患者は数ヶ月から数年かけて徐々に進行しますが、一部では数週間のうちに急速に悪化することもあります。初期段階では、寄生虫が血液中などで増殖し、発熱、頭痛、リンパ節の腫れ(首やわきの下のくぼみなどのしこり)、関節痛といった症状がみられます。
病期が進行して寄生虫が中枢神経系へ侵入すると、睡眠・覚醒リズムの乱れ(このため「睡眠病」とも呼ばれる)、意識レベルの低下や朦朧感、運動失調、性格や行動の変化など、神経学的症状が出現します。治療が行われない場合、最終的には昏睡から死に至ります。一方で、早期診断をして適切な治療を行えば、多くの症例で回復が可能であり、脳の回復不能な損傷も予防できるとされています。
感染経路
ツェツェバエはサハラ以南アフリカのみに分布する吸血性のハエで、この感染症の媒介はツェツェバエ刺咬に限られます。病原体を保有するツェツェバエに刺されると、皮膚から体内に寄生虫が侵入します。多くのツェツェバエは寄生虫を持ちませんが、ハエに刺咬される回数が多いほど、寄生虫に対する暴露リスクが高まることになります。
アフリカ睡眠病はその原因となる寄生虫の種類によって二つの病型に分類されます。ガンビア型とよばれゆっくりと進行する「慢性型」は主としてヒトからヒトへ感染し、ローデシア型とよばれ急速に進行する「急性型」は主に家畜や野生動物の間で伝播します。ごく稀に、妊娠中の母体から胎児への母子感染や、汚染された注射針を介した感染が報告されています。また、性行為による感染例が1例報告されていますが、握手や同じ部屋で過ごすといった日常的な接触でこの病気に感染することはありません。
疾病による負荷
流行地域
- サハラ以南アフリカ36カ国で、アフリカ睡眠病が継続的に発生しています
- 「慢性型」はアフリカ西部・中部の国々で、「急性型」はアフリカ東部・南部の国々でみられます
- ウガンダは、地理的に分かれた地域に二つの型が共存する唯一の国です
患者数・感染者数
- 主に、農業、漁業、家畜飼育、狩猟などで生計を立てる遠隔地の農村部の人々に大きな影響を与えます
- 約7,000万人がこの病気にかかるおそれがあります
- 治療を受けない場合、約90%が命にかかわる結果になることがあります
- 予防と治療の取り組みにより、患者数は約2万8,000人(1999年)から、現在年間約550人程度まで大きく減少しています
予防と治療
2024年には、世界保健機関(WHO)が第一選択薬としてフェキシニダゾールを承認するという大きな前進がありました。この飲み薬は食事と一緒に1日1回、10日間内服するもので、病型・進行段階を問わず効果があります。この薬は以前の治療薬より安全性が高く、体重20キロ以上かつ6歳以上で使用が認められており、早期に発見して治療を始めることで、多くの患者が治癒します。これらの薬は無償で提供され、WHOを通じて世界中に配布されています。
予防の中心は、殺虫剤の散布や、殺虫成分をしみこませた網などの設置や、流行地域での長袖・長ズボンの着用、虫よけ剤の使用が、刺されるリスクを下げるのに有効です。また、移動検診チームがリスクの高い地域を回り、症状が軽く受診につながりづらい早期段階で患者を見つけるよう努めています。早期発見による治療で、寄生虫が脳に達する前に食い止めることができます。現在、この病気に対するワクチンはまだありません。
© Shota Koyano
ヒトの腕から血を吸うツェツェバエ
アフリカ睡眠病患者と医師(マラウィ共和国)
Thoko Chikondi-DNDi
※ 疾患の理解を深めるため、一部に具体的な症例写真(臨床画像)が含まれています。