概要
蛇(ヘビ)咬傷の蛇毒中毒は、毒蛇に咬まれた際に体内へ注入される毒素によって起こる、命に関わる危険な状態です。毒蛇の種類によって現れる症状は異なりますが、咬まれた部位の激しい痛みや腫れのほか、神経麻痺による呼吸困難、止まらない出血、腎不全、さらには手足の切断に至ることもある組織壊死などが起こり得ます。
症状は多くの場合、咬まれてから数分から数時間以内に現れますが、一部はそれより遅れて出現することもあります。子どもは、体が小さい分、同じ量の毒でも体内での影響が相対的に大きくなり、重症化しやすくなります。また、毒蛇に咬まれたからといって必ず毒が注入されるわけではなく、実際には毒が注入されない「ドライバイト」と呼ばれる咬傷もあります。ドライバイトの頻度はヘビの種や地域、状況によって大きく異なります。それでも、実際に毒が注入されて蛇毒中毒が起こる可能性がある場合には、速やかに抗毒素(抗毒蛇血清)による適切な治療により中毒死を防ぐ必要があります。
感染経路
毒蛇は南極大陸を除くすべての大陸に生息していますが、医学的に重要とされる種の多くは熱帯および亜熱帯地域に生息しています。重篤な中毒症状の大半を引き起こす毒蛇種は、大きくクサリヘビ科、コブラ科(エラピド科)、ウミヘビ科の3グループに分類されます。ヘビの種によって毒の性質が異なるため、現れる症状も様々で、神経麻痺や呼吸障害を起こすものもあれば、重度の出血や組織破壊を引き起こすものもあります。
蛇咬傷は、多くの場合、畑での作業中や草むらを歩いているとき、地面で寝ているときなどに、誤ってヘビを踏んだり、刺激してしまったりすることで起こります。咬まれる部位は主に足にみられ、日中や農繁期に集中しています。
疾病による負荷
流行地域
- 世界全体で毎年推定540万人がヘビに咬まれ、そのうち180万〜270万人が実際に蛇咬傷を発症しています
- 毎年約81,000〜138,000人が蛇咬傷で死亡し、その約3倍の人が四肢切断などを含む永続的な障がいに苦しんでいます
- 死亡例の約95%はアフリカ、アジア、ラテンアメリカで発生しており、特に南アジア、東南アジア、サハラ以南のアフリカでの被害が最も大きくなっています。中でもインドは、世界の蛇咬傷による死亡例の約半数を占めるとされています
- これに対して、オーストラリア、ヨーロッパ、北米などの高所得地域では、医療体制や抗毒素の整備が進んでいるため、蛇咬傷による死亡は稀です
- アジアでは年間最大200万人が蛇毒中毒を起こしています。また、アフリカでは毎年43.5万〜58万人が治療を必要としています
患者数・感染者数
- 農業従事者、牧畜業者、漁師、狩猟者や、地方で住環境が十分に整備されていない住居に住んでいる人々は、蛇咬傷の最も大きなリスクにさらされています
- 10〜14歳の就労している子どもは、特に高い受傷率を示します
- 死亡や後遺障害の多くは、10〜30歳の間で起こっています
- 過少報告も深刻で、地域によっては全症例の70%以上が医療機関を受診せず、公式な報告にも含まれていないとされています
予防と治療
毒蛇に咬まれた疑いがある場合は、速やかに医療機関を受診することが何より重要です。傷口を切開したり、止血帯を巻いたりするなどの伝統的な民間療法や有害な処置は避けるべきです。抗毒素(抗毒蛇血清)は、蛇毒中毒の影響を予防または回復させることができる唯一の特異的治療法であり、世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストにも掲載されています。しかし、安全で有効な抗毒素は、実際に被害が多い地域では十分に行きわたっていないのが現状です。過去20年間で複数のメーカーが製造を中止し、価格も大幅に上昇したため、治療を必要としている多くの人々にとって入手困難になっています。
サハラ以南のアフリカでは、安全な抗毒素そのものが手に入らない場合も少なくありません。さらに、過少報告により蛇咬傷の症例データが不十分なため、需要をきちんと見積もることが難しく、その結果、生産の縮小、価格の上昇という悪循環が起きています。
© Shota Koyano
ガラガラヘビからの毒の採取(ブラジル2012年)
Ignácio Costa
※ 疾患の理解を深めるため、一部に具体的な症例写真(臨床画像)が含まれています。