Why Global Health R&D

日本の科学・創薬技術をグローバルヘルスに

Photo by Pan American Health Organization PAHO

感染症の制圧、根絶に向けて

国際社会共通の目標である「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)」が2000年に策定されてから、国際社会は一丸となってマラリア、結核、顧みられない熱帯病などの感染症の制圧に向けた取り組みを推進してきました。これまでに、低中所得国における治療の拡充や公衆衛生の改善などが進められ、その結果、世界の感染症対策は大きく前進しました。

しかし、マラリア、結核、顧みられない熱帯病との戦いは今もなお続いています。世界で蔓延する感染症制圧のためには、新たな治療薬、ワクチン、診断薬などの新薬開発が不可欠であり、国際社会全体がセクターや国境を超えて協働し、グローバルヘルス分野の製品開発(グローバルヘルスR&D)をより一層推進していくことが求められています。

マラリア1
62万人
2021年死亡者数
結 核2
160万人
2021年死亡者数
顧みられない熱帯病3
16億人以上
2021年感染者数

今もなお感染症で苦しむ患者さんのニーズに応える

マラリア、結核に関しては、有効なかつ低価格の治療薬が普及しましたが、今もまだ全ての患者さんが必要な医療を受けられているわけではありません。 一方、顧みられない熱帯病などの低中所得国で蔓延する感染症の中には、そもそも有効な治療薬やワクチン、診断薬がない病気もあります。 また、たとえ治療薬があったとしても、既存薬は数十年前に開発された古いもので副作用が強く、効果が十分でないなどの課題があります4。 適切な治療がなされないと、病気によっては瘢痕による変形や重篤な後遺症が永続的に残ってしまい、一生涯に渡って差別や偏見などに苦しむ患者さんが世界中に数多くいます。



さらに、近年では、既存の抗菌薬・抗ウイルス薬などに対して耐性を示し、既存の薬が効かない薬剤耐性(Antimicrobial Resistance: AMR)が世界的な問題に発展しています。2015年の世界保健機関総会では全加盟国がAMR対策に取り組むことが決議され、 その後、G7やG20でも主要議題として取り上げられています。今後AMRに対して効果的な対策が講じられない場合、 今後2050年までにAMRで亡くなる人は年間1,000万人に上ると推定されています5

低中所得国における経済成長を支援するために

マラリア、結核、顧みられない熱帯病は低中所得国における貧困と密接に結びついた病気として知られています。病気によっては、 子どもの発育障害を引き起こし、教育や就労の機会を奪うことで、貧困を助長する要因になっていることが指摘されています。 顧みられない熱帯病がもたらす経済損失は毎年数十億ドルに上るとされています6。こうした負の連鎖を断ち切り、 人々が健康な生活を送り、より豊かな国や社会を築くためにも、新たな新薬が待ち望まれています。

マラリア根絶

1,000万人の
死亡を防ぐ

約4兆ドルの経済効果

マラリアを根絶することができれば、1,000万人の死亡を防ぎ、約4兆ドルの経済効果につながること予測されています7

グローバルヘルス・セキュリティのために

近年の感染症の発生や拡大には、グローバルな人口移動、都市化、気候変動、環境破壊、内戦・テロ・政情不安など様々な要素が関係していると言われています。21世紀において、感染症は私たちの生活と隣り合わせにある身近な脅威となっており、低中所得国だけでなく先進国にとっても重要な課題といえます。日本は成熟した国家として、こうした国際的な課題に積極的に貢献していくことが求められています。

感染症の増加に影響を与える要因の例8

グローバリゼーション
に伴う人口移動、都市化

気候変動

環境破壊

内戦・テロ・政情不安

UHCの実現に向けて

世界中の誰もが必要な時に、必要な医療を、負担可能な費用で受けられるようにするためには、適切な医療保険制度、医療人材、 サプライチェーンなど、包括的な医療保健システムを構築していかなければなりません。これは、今、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage: UHC)と呼ばれ、MDGsの後継として2015年の国連総会で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」の中でも、先進国、低中所得国問わず、全ての国が実現に向けて取り組むべき医療課題とされています。 必要な医療を受けられない人々が数十億人もいるとされる低中所得国において、UHCを達成するためには、こうした仕組みに加えて、 貧困層でも購入可能な、低価格の新薬が必要不可欠です。

2015年の9月、ニューヨーク国連本部において、「国連持続可能な開発サミット」が開催され、その成果文書として、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。アジェンダは、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標(SDGs)」で構成され ています9

リスクの高い新薬開発

一方で、新薬開発は容易なことではありません。例えば、1つの薬を開発するのに、10年以上、数百億円以上の投資が必要といわれます。 近年では新薬開発に要する費用は年々増加しています11。創薬自体、成功確率が低いことで知られており、 莫大な投資と長期間に及ぶ開発など様々なリスクを伴います。

一般的に、企業経営の観点からすれば、感染症の医薬品は薬価が低く、新薬開発の投資対効果(Return on Investment: ROI)が低い領域とされます。民間企業は株主を含むステークホルダーへの説明責任を負うため、ROIが低く、 リスクの高い新薬開発に対して積極的に投資することは容易ではないという現状があります。こうした構造的な要因が、 特に低中所得国向けの新薬開発への投資を阻んできました。実際に、感染症の新薬開発への投資は、 他の疾患領域を含むすべての新薬開発の中で約1%を占めているに過ぎません12

Of the 336 brand-new drugs (new chemical entities, or NCEs) approved for all diseases in 2000-2011, only four, or 1%, were for neglected diseases

新薬開発に必要な年数と成功確率

研究対象や研究デザインによって、開発期間や成功確率等は変わります。

出展:日本製薬工業協会てきすとぶっく製薬産業2016-2017を一部改変

このような悪循環を断ち切って新薬開発を推進するためには、政府、企業、大学、研究機関、NGO/NPO、国際機関などがセクターや国境を超えて協働し、 解決策をともに導く必要があります。具体的には、新薬開発のための資金調達における連携や、企業、大学、研究機関等が新薬開発に参画しやくするための インセンティブの供与やリスク軽減などが図られることが重要です。

加えて、日本などの先進国にはないような感染症の場合、途上国での臨床試験が必要となり、現地の機関との連携は元より、当局への薬事申請、 品質管理、製造、流通など、先進国とは全く異なる方法や進め方が求められます。従って、この分野に精通している海外機関や国際機関との連携と協調も極めて重要になってきます。

日本と世界を繋ぎ、感染症の新薬開発を推進する国際的な官民ファンド
GHIT Fund

持続可能な開発目標(SDGs)でも掲げられた、世界の感染症の制圧やUHCの達成に向けて、上記のような課題を解決するために誕生したのが公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金 (Global Health Innovative Technology Fund: GHIT Fund)です。 GHIT Fundは、国際的な官民パートナーシップによって新薬開発のための資金を調達し、世界第3位の新薬創出国としての日本の優れた科学・創薬技術と海外の資源や ネットワークを結びつけたオープン・イノベーションによる新薬開発に投資を行い、革新的な治療薬、ワクチン、診断薬の創出を推進しています。 GHIT Fundは、政府、民間企業、財団、NGO/NPO、国連機関など、グローバルヘルスR&Dに関わる日本と海外の機関を結びつけるネットワークのハブとして機能し、 新薬開発・供給に関する対話を促し、オープン・イノベーションに欠かせない触媒としての役割を担っています。

これまでの投資実績はこちらをご覧ください。

GHIT Fundは新薬開発に対して投資を行いますが、金銭的なリターンを目的にしているわけではありません。 GHIT Fundが目指すのは、これまで顧みられなかった新薬開発を国際的な連携によって推進し、マラリア、結核、顧みられない熱帯病に苦しむ世界中の患者さんの健康を改善し、 命を救うことです。そして、その先に、低中所得国がさらに豊かな社会、国を築いてくれることを願っています。

オープン・イノベーション:莫大な開発費と時間が必要とされるため新薬開発においては、社内資源のみに頼った研究開発を行うのではなく(クローズド・イノベーション)、外部の大学や研究機関、他企業、海外機関との連携を積極的に行うことで、新薬開発のリスクを軽減しながら、新たな価値創造を行うアプローチが盛んに行われている。

日本の科学・創薬技術をグローバルヘルスに

Japan’s R&D for Global Health

Reference

  1. World Health Organization Malaria Fact Sheet. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/malaria
  2. World Health Organization Tuberculosis Fact Sheet. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/tuberculosis
  3. World Health Organization NTDs. https://www.who.int/neglected_diseases/diseases/en/
  4. Hotez PJ et al. (2016) Eliminating the Neglected Tropical Diseases: Translational Science and New Technologies. PLoS Negl Trop Dis 10(3): e0003895. doi:10.1371/journal.pntd.0003895
  5. Michele Cecchini et al. ANTIMICROBIAL RESISTANCE IN G7 COUNTRIES AND BEYOND: Economic Issues, Policies and Options for Action. https://www.oecd.org/els/health-systems/Antimicrobial-Resistance-in-G7-Countries-and-Beyond.pdf
  6. World Health Organization: http://www.who.int/neglected_diseases/diseases/en/
  7. The Global Fund: Results Report 2017 https://www.theglobalfund.org/media/8262/corporate_2017resultsreport_report_en.pdf
  8. Hotez PJ (2016) Neglected Tropical Diseases in the Anthropocene: The Cases of Zika, Ebola, and Other Infections. PLoS Negl Trop Dis 10 (4): e0004648.
  9. United Nations Information Centre. http://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/sdgs_logo/
  10. The Japan Times. https://www.japantimes.co.jp/opinion/2017/12/08/commentary/japan-commentary/aiming-truly-universal-health-coverage/#.WtbL5tPFIUE
  11. DiMasi JA et al. Innovation in the pharmaceutical industry: new estimates of R&D costs. J Health Economics. 2016;47:20‐33.
  12. Pedrique B et al. The drug and vaccine landscape for neglected diseases (2000-11): a systematic assessment. Lancet Global Health, Early Online Publication, 24 Oct 2013. http://www.thelancet.com/journals/langlo/article/PIIS2214-109X(13)70078-0/fulltext