概要
嚢虫症(のうちゅうしょう)は、有鉤条虫(ゆうこうじょうちゅう/サナダムシの一種)の卵を口から摂取することで起こる感染症です。その中でも最も重篤な病型である神経嚢虫症は、有鉤条虫の幼虫(嚢虫)が脳や脊髄内に嚢胞(のうほう)を形成することで発生します。これにより、けいれん発作、慢性的な頭痛、失明など深刻な症状を引き起こすことがあります。神経嚢虫症は、世界的に見て予防可能なてんかんの主要原因の一つで、この疾患が流行している国々では、てんかん症例の約30%を占めています。多くの感染者は、数カ月から数年にわたって症状が現れないまま経過しますが、嚢胞が死滅し始め、脳に炎症を起こす際に、初めて症状が現れます。
嚢虫症は、豚肉を食べることで感染するのではなく、条虫の卵に汚染された食物・水・不衛生な環境を介して感染します。
感染経路
感染経路を理解するうえで重要なのは、同じ有鉤条虫感染症に、二つの病態(寄生形態)が存在することです。一つは成熟し産卵可能な寄生虫が消化管内に寄生する「有鉤条虫症(条虫症)」という病態、もう一つは成熟しない幼虫が体内の筋肉や脳を含む各臓器に嚢胞を作って生息する「有鉤嚢虫症(嚢虫症)」という病態です。この違いは摂取したものが、前者が嚢胞内の幼虫、後者が虫卵であることによります。
嚢虫症は、感染した人の便に含まれる有鉤条虫の卵が衛生環境の悪い地域で食物・水・ヒトが接触する場所を汚染することで広がります。この卵に汚染された水を飲んだり、十分に洗っていない野菜を食べたり、汚染された手で口に触れたりすることで、ヒトは虫卵を経口摂取し嚢虫症を発症します。重要なのは、上述したように豚肉を食べることが嚢虫症の直接の原因ではないことです。体内に嚢胞を作る嚢虫症は、豚肉内の嚢胞ではなく、条虫の卵そのものの経口摂取のみで起こります。
そもそも、豚は家畜として長い間ヒトと密接に成育されてきました。有鉤条虫の感染形態もヒトと同様で、ヒトの有鉤条虫症の流行を維持するうえで重要な役割を担っています。豚が条虫の卵を摂取すると、体内組織に嚢胞を形成します。十分に加熱されていない感染して嚢胞を多数含む豚肉をヒトが食べると腸管内で成長した成虫の条虫が寄生し(いわゆる有鉤条虫症)、そこから卵が便と共に排出されヒトと豚が作る感染サイクルが持続します。特に人の排泄物に接触できる放し飼いの豚がいる地域では、このような感染の連鎖が地域社会で長く続きやすくなります。
疾病による負荷
流行地域
- ラテンアメリカ、サハラ以南のアフリカ、南アジア、東南アジア、中国の一部地域では、約250万〜800万人が感染していると推定されています。近年の「グローバル疾病負荷(GBD)」データによると、世界における神経嚢虫症に関連するてんかんの症例数は、約436万例と報告されています
- この病気は、流行地域全体ではてんかん症例の約30%を占め、特定の地域社会では最大70%に達することもあります
- 先進国においても、移民や旅行者の間で症例が報告されています
患者数・感染者数
- この病気は主に、豚が不十分な衛生環境で飼育されている開発途上国の農村地域で多くみられます
- 患者の多くは30〜40歳代ですが、あらゆる年齢で発症する可能性があります
- 世界では5,000万人以上がてんかんを患っており、その多くは、この病気が主要な原因となっている開発途上の国々で暮らしています
- 開発途上国におけるてんかんの発症率は、先進国と比べて3〜6倍高く、その主な要因の一つがこの感染症によるものです
予防と治療
治療は、嚢胞がどこにあるか、その数、そして症状の重さによって異なります。主に使用される薬は、アルベンダゾールとプラジカンテルで、効果を高めるために併用される場合が多くあります。治療は通常10〜15日間続き、脳の腫れを抑える薬やけいれんをコントロールするための薬も併用されます。眼や脳室内に嚢胞がある場合には、手術が必要になることがあります。無症状の人の多くは治療を必要としない場合があります。死んだ嚢胞は薬には反応しません。
予防には、人の健康、動物の健康、環境要因をあわせて対策することが必要です。主な対策には、腸管内のサナダムシ感染者の治療、豚へのワクチン接種と感染した豚の治療、安全な飲み水とトイレへのアクセスの改善、食肉の適切な検査、手洗いとトイレ使用の推進、そして病気の広がり方について地域住民に教育することが含まれます。
© Shota Koyano
※ 疾患の理解を深めるため、一部に具体的な症例写真(臨床画像)が含まれています。