STAFF
STORY
シニアマネージャー
私の役割は、ポートフォリオ&アクセスチームの一員として研究開発資源や治療薬等の各プロジェクトのポートフォリオ全体をできるだけ効率的に考えることです。GHIT Fundの限られた資源を最大限に活かし、私たちの投資ができるだけ大きなインパクトを生み出すように取り組んでいます。
GHIT Fundの数多くのプロジェクトを俯瞰し、それぞれの案件がどのように連携しているか、世界のニーズに合っているか、どこにギャップがあるのか、そして資金をより効率的に活用するにはどうすればよいかを検討しています。
年に2回、主に「製品開発プログラム」の公募(以下:RFP:Request For Proposal)作成を担当し、各製品や疾患ごとに達成すべき目標を明確に定めたスコープを策定します。また、投資マネジメントチームやパートナーシップ開発チームと密に連携し、プロジェクトの進捗や課題を把握するとともに、新たな取り組みの可能性も探ります。研究開発のみならず、その成果である製品を、現地にどう届けるかというところまでを、最初の段階から一体的に考えています。
私は幼い頃から科学者になりたいと思っていました。香港で生まれ、研究の道に進むという夢を追い求めるため、大学からロンドンに移住しました。
大学では生化学(バイオケミストリー)を学び、志望書に「子どもたちを助けるワクチンを作りたい」と書いたことをよく覚えています。科学やメディカルリサーチを通じて世の中に貢献したいという考えにずっと惹かれていました。在学中に、製薬会社でワクチン研究のインターンシップを1年間経験し、これがきっかけでオックスフォード大学にて免疫学の博士号取得を目指すようになりました。

イギリスでの学生時代
私がこの道を歩むことになったのは、やはり香港で育った経験が大きいと感じます。2003年のSARS流行時、香港は狭い地域に多くの人が密集しており、毎日何人が亡くなったかを示すニュース映像を目にしていました。誰もが理解できない病気と闘い、患者を救おうとする医療従事者が命を落としている光景でした。学校は閉鎖され、様々な行事が中止になり、誰もがマスクを着けていました。これはCOVID-19よりもずっと前のことで、とても恐ろしい体験でした。
「あのようなことは二度と起こってはならない」と思ったことを覚えています。その想いが心に残り、博士課程では新興感染症の研究をするきっかけとなりました。インフルエンザのワクチンに焦点を当てた研究をしていた2009年の博士課程在学中にHINIパンデミックが発生しました。
そのパンデミック中に1か月半ほど中国に滞在し、北京の中国疾病予防管理センター(CDC)でワクチンの研究に従事しました。中国各地で感染例が発生しており、CDCの同僚たちがこれらの地域に調査に向かわなければならない状況は本当に目を開かされる経験でした。当時は未知の病気だったため、同僚たちが出発前に家族と二度と会えない覚悟に近い別れを告げるような様子を目にしました。この経験は、科学がいかにして未知の脅威から人々を守り、脅威に直面する人々を助けることができるかを理解するきっかけとなりました。

研究に没頭した仲間たちと
ポスドクを終えた後、「研究以外で何かあるだろうか?」と考えるようになりました。科学の世界には関わり続けたいと思いつつも、これまでとは違う形で貢献したいと思うようになったのです。コンサルティングは次のステップとして自然に思えたので、医薬品の価格設定や医療保険制度に関わるマーケットアクセスの分野に進みました。
そのコンサルティングの仕事で、多くのことを学びました。国によって医療制度が根本的に異なること、人々が十分に守られていない現状があること。どんなに優れた薬があっても、それを本当に必要としている人に届くとは限らないという現実を目の当たりにしました。
各国の医療制度の違いを理解する中で、「科学だけでは十分ではない」と強く感じるようになり、より包括的な視点が必要だと思いました。それが、もともとの関心でもあったグローバルヘルスの分野に進む決意を固めた理由です。
その頃、イギリスの財団であるウェルカムで「エンデミック地域でのワクチン開発」に関する求人を目にし、博士課程時代の経験とまさに一致していると感じ、応募しました。研究者だった頃は、「良い科学であれば、それ自体が語ってくれる」と信じていました。しかし、資金提供する側の立場に身を置いてからは、アイデアだけでは不十分だということを実感しました。アイデアを実現するための計画や、研究成果を取り入れるための政策、そしてもちろん「資金」が欠かせないのです。
資金提供者として働くようになって感じるのは、この仕事が本当に謙虚さを教えてくれるということです。私たちの決定は、人々にも科学にも大きな影響を与えます。だからこそ、常に現場の現実を意識し続けることが重要です。

イギリスの財団ウェルカムで働いていた頃
ウェルカムにいた頃、GHIT Fundは私たちが資金提供していた組織のひとつで、当時からGHIT Fundが素晴らしい活動をしていることはよく知っていました。
GHIT Fundの人々はとても温かく迎えてくれます。日本人の同僚が多いものの、海外での生活や留学経験を持つ人が多く、とても国際的な雰囲気のある職場です。GHIT Fundに入って4年近くが経ちますが、常に感銘を受けるのは、パートナーと非常に密接に協力し、責任を共有する姿勢です。多くのパートナーは、同じプロジェクトの推進に10年近く取り組んできています。研究の成果を社会的インパクトにつなげるには、資金提供だけでなく、人とのつながりや長期的なコミットメントが重要だと日々感じています。

完全ノープランだったのに偶然にも同僚全員が黄色!
私は、女の子や女性が科学の分野で活躍できることを強く信じています。私自身、子どもの頃は自分のやりたいことを自由に選べる環境にあり、家族も科学を学ぶよう後押ししてくれました。もっと多くの女の子たちにも、そうあってほしいと思います。
研究の学位を取った後に研究室以外にもたくさんの働く道があるということを、もっと多くの人に知ってほしいです。大学院時代の仲間の多くも、今ではベンチャーキャピタルや特許法、メディカルライティングなど、研究以外の分野で働いています。科学の背景があると、いろいろな分野で役立つ考える力や分析力が身につきます。
研究には議論を形づくり、人々をつなぐ力があること、そして科学は人々のニーズやそれを支えるシステムと関わったときにこそ、真のインパクトを生むのだと感じるようになりました。グローバルヘルスはまさに、多様な視点を持った人々によって支えられています。もちろん、純粋に研究に打ち込む道も非常にやりがいのあるものです。
私自身も、イギリスで長年過ごした後に日本で働くことになるなんて、夢にも思っていませんでした。どんな未来が待っているかは、誰にもわかりません。若い方へは「やりたいことがあるなら、迷わず挑戦してみて」と伝えたいです。
※このインタビューは2025年10月に実施されました。

BioJAPAN 2025で事業内容を説明している様子
シニアマネージャー
投資戦略・ポートフォリオ&アクセス部門のシニアマネージャーとして、ポートフォリオ戦略を統括。免疫学・感染症領域の研究に従事した後、医薬品の市場アクセスコンサルティングを経て、英国ロンドンの研究助成機関ウェルカムにて感染症ワクチン開発の戦略策定およびパートナーシップ推進を担当。インペリアル・カレッジ・ロンドンで生化学学士号、オックスフォード大学で臨床医学DPhil(博士号)を取得。
(所属・役職はインタビュー当時のものです)