プレスリリース

November 16, 2021

小児用プラジカンテル・コンソーシアムによる住血吸虫症小児用製剤「アラプラジカンテル」の第III相試験が完了 有効性・安全性ともに良好な結果が得られる

公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)が2013年から約9年間にわたって支援してきた、小児用プラジカンテル・コンソーシアム1(以下、コンソーシアム)による、住血吸虫症2小児用製剤「アラプラジカンテル(Arpraziquantel)」の第III相試験が完了し、有効性および安全性ともに良好な結果が得られたことをお知らせします。このアラプラジカンテルは、今後アフリカを中心とする5,000万人以上の就学前児童に対する住血吸虫症の新たな治療オプションとなることが期待されています。

 

顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTDs)の一つである住血吸虫症は、特にサハラ以南のアフリカで多く発生し、世界で約2億4,000万人の人々の生活に影響を与えています。また、住血吸虫症によって、貧血、栄養不良、幼児期の発育障害などが引き起こされる可能性があります。1970年代に開発され、現在標準治療薬である「プラジカンテル(Praziquantel)」は、安全で効果的であり、成人と学齢期の子どもに使用できますが、就学前児童には錠剤のサイズが大きく、苦味があるため服用しにくく、また錠剤を粉砕して投与することができないなどの問題があります。現在、就学前児童に適した製剤がないことが主な理由で、約5,500万人の子どもが治療を受けずに放置されています。こうした背景から、世界保健機関(WHO)が推進するNTDsの予防、管理、制圧、根絶を目的とした2030年に向けてのグローバル目標「顧みられない熱帯病の終焉 : 2021~2030ロードマップ(通称、NTDsロードマップ)」の中でも、小児用プラジカンテルの必要性が謳われています。

 

小児用プラジカンテル・コンソーシアムは、プラジカンテルの小児用製剤の開発を目指し、2012年に設立された国際的なコンソーシアムで、日本からはアステラス製薬株式会社(以下、アステラス製薬)が参画しています。同社は独自の製剤技術を用いて、就学前児童でも服用しやすいように、既存の錠剤の大きさを約四分の一に小型化し、従来の薬が持つ苦味を改善した錠剤を開発しました。その後、ドイツのメルク社が製剤を最適化した後、ブラジルのファルマンギーニョ社に製造移管が実施されました。この錠剤は、水と一緒に服用しても、水なしでも服用することもできる口腔内崩壊様製剤で、アフリカなどの熱帯気候の高温多湿な環境にも耐えることができます。

 

2012年のコンソーシアム設立以降、成人ボランティアを対象とした南アフリカでの第I相試験(2013〜2015年)、6~11歳の小児を対象としたタンザニアでの味覚試験(2015年)、3ヵ月~6歳のマンソン住血吸虫(S. mansoni)感染児童を対象としたコートジボワールでの第II相用量設定試験(2016年〜2018年)、そして、ケニアとコートジボワールで第III相試験(2018年〜2021年)が行われました。GHIT Fundは、2013年から同コンソーシアムの臨床試験を支援してきました3

 

第III相試験では、生後3カ月から6歳までの就学前児童の住血吸虫症患者を対象とし、マンソン住血吸虫、またはビルハルツ住血吸虫(S. haematobium)に感染した生後3カ月から6歳の小児を年齢別に登録し、アラプラジカンテルを単回投与したところ、マンソン住血吸虫(50 mg/kg投与時)およびビルハルツ住血吸虫(60 mg/kg投与時)の治癒率は90%に近いか、それ以上の高い有効性が認められました。また、第III相試験に先立ち、臨床的治癒の主要評価項目として設定された「投与後17〜21日目の便中(マンソン住血吸虫)または尿中(ビルハルツ住血吸虫)、さらに投与後35〜40日目の便・尿中に住血吸虫の卵が認められないこと」に関しても、事前に設定された成功要件を満たしました。両用量のアラプラジカンテルの就学前児童への投与に関して、良好な安全性、忍容性、および味覚の改善が認められるとともに、新たな潜在的リスクや安全性に関する懸念は認められませんでした。

 

第III相試験の結果を受けて、メルク社は、同コンソーシアムを代表して、欧州連合(EU)域外での販売を目的とした優先順位の高いヒト用医薬品を対象とした手続きEU-M4allに基づき、EMAに科学的意見を申請する予定です。EMAによる肯定的な意見が得られれば、アラプラジカンテルは世界保健機関(WHO)の事前認証医薬品リストへの掲載ならびに、流行国における規制当局による承認が促進されることになります。また、同コンソーシアムは、今後の医薬品供給に向けた体制構築を目的としたADOPTプログラム4をアフリカ諸国で展開中です。

 

GHIT FundのActing CEOである山部清明は次のように述べています。「2013年から小児用プラジカンテル・コンソーシアムと連携してきたGHIT Fundは、同コンソーシアムのような国際的なパートナーシップが低中所得国における感染症に対応するための鍵になると考えています。アステラス製薬、メルク社、ファルマンギーニョ社によるアラプラジカンテルの共同開発が成功したことは、グローバルなパートナーシップを通じて日本のイノベーションと技術でグローバルヘルスに貢献するというGHIT Fundの揺るぎないコミットメントを体現するものです。今回の成果は、直接的に臨床試験に携わった同コンソーシアムの不断の努力に加えて、臨床試験に参画してくれた小児とその家族、コミュニティの協力がなければ実現することは不可能でした。そして、GHIT Fundのステークホルダーである、日本政府、民間企業各社、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ウェルカム、評議委員、理事、選考委員、外部審査員など多くの関係者の長年に渡る多大な支援にも感謝を申し上げます。」

 

第III相試験をGHIT Fundとともに支援した、欧州・途上国臨床試験パートナーシップ(European & Developing Countries Clinical Trials Partnership: EDCTP)5のエグゼクティブ・ディレクターであるマイケル・マカンガ博士は「住血吸虫症のような顧みられない熱帯病に対する安全で安価な治療法を開発し提供するためには、南北のパートナーによる専門性の補完、双方向の知識の共有、相互信頼が重要な成功要因であることを小児用プラジカンテル・コンソーシアムが示してくれました。」と述べています。

 

メルク社の執行役員であり、ヘルスケア部門のCEOであるピーター・グエンター氏は「この度の第III相試験の完了を受けて、我々は住血吸虫症の撲滅に向けたコミットメントを継続するとともに、この顧みられない熱帯病に罹患しているすべての人々が治療を受けられるようにします。同コンソーシアムのパートナーとともに、世界で最も弱い立場にある人々に新たな希望をもたらすというビジョンを堅持していきます。」と述べています。

 

今回の第III相試験の成功は、アフリカにおける強力で経験豊富なパートナーであるKEMRI/ケニア医学研究所(ケニア)とフェリックス・ウフェ・ボワニ大学(コートジボワール)による協力をはじめ、スイス熱帯・公衆衛生研究所による試験統括、臨床試験のスポンサーであるメルク社による品質基準確保やEMAなどの規制当局からの要求への対応など、国境を超えたパートナーシップによって成し遂げられたものです。また、WHOを含む専門家からの協力も本プログラムの大きな支えとなりました。

 

 

1. 小児用プラジカンテル・コンソーシアムについて

小児用プラジカンテル・コンソーシアムは、住血吸虫症の世界的疾病負担を軽減することを目指し、就学前の感染児の医療ニーズに応える、国際的非営利パートナーシップです。コンソーシアムには、メルク(ドイツ)、アステラス製薬株式会社(日本)、スイス熱帯公衆衛生研究所(Swiss TPH)(スイス)、リガチャー(オランダ)、ファルマンギーニョ(ブラジル)、SCI財団(英国)、KEMRI/ケニア医学研究所​​(ケニア)、フェリックス・ウフェ・ボワニ大学(コートジボワール)、ミュンヘン工科大学(ドイツ)、コートジボワール保健省、アフリカ健康開発研究所(ケニア)が参画しています。コンソーシアムの使命は、就学前児童の住血吸虫症治療に適した小児用プラジカンテル製剤を開発、登録して医療アクセスを提供することです。詳細については、コンソーシアムのウェブサイトをご覧ください。www.pediatricpraziquantelconsortium.org  

 

2. 住血吸虫症について

住血吸虫症は、サハラ以南アフリカで最も流行している寄生虫疾患の1つで、住血吸虫と呼ばれる寄生虫によって引き起こされます。これは、主に安全な飲料水を利用できず、衛生状態の悪い地域で、約2億4千万人 が影響を受け、年間約20万人の死亡が推定されています。寄生虫は淡水産貝の中に棲息し、ヒトに皮膚から侵入し感染します。この病気では、臓器の慢性的な炎症が生じることがあり、致命的であるだけではなく、貧血、発育不全、学習障害も引き起こし、幼い子どもたちの生命に壊滅的な結果をもたらす可能性があります。

 

3. GHIT Fundから小児用プラジカンテル・コンソーシアムへの投資

開発段階

投資金額

リンク

2013

第I相試験

1.86億円

https://www.ghitfund.org/investment/portfoliodetail/detail/27/jp

2014

第II相試験

4.85億円

https://www.ghitfund.org/investment/portfoliodetail/detail/60/jp 

2016

第II相試験

4.67億円

https://www.ghitfund.org/investment/portfoliodetail/detail/103/jp

2019

第III相試験

4.52億円

https://www.ghitfund.org/investment/portfoliodetail/detail/138/jp

2021

実施研究

2.5億円

https://www.ghitfund.org/investment/portfoliodetail/detail/179/jp

合計

18.5億円

 

4. ADOPTプログラム

住血吸虫症に苦しむ就学前児童へのアラプラジカンテルの大規模導入に向けた実施研究で、公平な医薬品アクセスを確保するための最適なアプローチを特定することを目的とする。5年間に及ぶ本プログラムでは、アラプラジカンテルに関する技術移転から、蔓延国における製造や物流、社会動員(ソーシャルモビライゼーション)や現地住民による小児用製剤治療の受け入れまで、様々な側面を検討します。本プログラムはケニアやコートジボワールを含むアフリカにおける複数国での研究を実施中です。​​GHIT Fundが2年間で約2.6億円(約210万ユーロ)、EDCTPが5年間で約7.2億円(約570万ユーロ)、合計で約9.8億円(780万ユーロ)の共同投資を行うことを発表しています。https://www.ghitfund.org/newsroom/press/detail/302/jp#_ftn1

 

5. 欧州・途上国臨床試験パートナーシップ(European & Developing Countries Clinical Trials Partnership: EDCTP)

EDCTPは、HIV、結核、マラリアなどのグローバルヘルスにおける諸課題に対応するため、欧州連合(EU)からの支援を得て、16の欧州諸国による共同研究プログラムとして2003年に発足しました。サハラ以南のアフリカにおける臨床試験を支援するプログラムとしては、当時EUの中でも最大規模のプログラムでした。現在、EDCTPは、欧州、サハラ以南のアフリカ、およびEU各国のパートナーシップ(Public-Public Partnership)として、EDCTP加盟国により運営されており、欧州委員会(EC)、アフリカ連合(AU)、世界保健機関(WHO)の代表がオブザーバーを務めています。EDCTP加盟国には以下の国々が含まれます。オーストリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、英国が含まれます。なお、ブルキナファソ、カメルーン、コンゴ、ガボン、ガンビア、ガーナ、マリ、モザンビーク、ニジェール、セネガル、南アフリカ、タンザニア、ウガンダ、ザンビア、そしてスイスはEDCTPのaspirant memberです。EDCTPは、オランダの法律に基づいて運営されています。