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February 16, 2026 Others

【タイ訪問レポート】タイのマヒドン大学訪問とマラリア・デング熱対策の現地視察

公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)は、マラリアや顧みられない熱帯病の研究開発(R&D)への助成(投資)を行う国際機関として、低中所得国(LMICs: Low and Middle Income Countries)の研究機関やアカデミア、医療機関、製薬企業との協業を推進しています。これは、2023年度から始まった第3次5カ年計画「GHIT3.0」の主要な戦略目標の一つです。

 

2025年10月中旬、GHIT Fund エクスターナルアフェアーズ & コーポレートディベロップメントのシニアマネージャー堀内聡とマネージャー柴田大樹は、マラリア・デング熱に関する感染症の現場や感染地域の現地のコミュニティや医療機関の状況を知ることを目的にGHIT Fundのコラボレーションパートナーであるタイのマヒドン大学熱帯医学部を訪問し、大学内の研究施設を視察しました。また、ミャンマー国境付近のターク県ターソンヤンに赴き、現地の僻地クリニックで提供される医療の実態や、地域コミュニティにおけるマラリア・デング熱対策の現状を確認しました。

 

 

三日熱マラリアの現状とワクチン開発の重要性

 

三日熱マラリアは、タイをはじめとする東南アジアを中心に広く流行している熱帯感染症です。肝臓内で休眠した原虫が再び活動を始め、再発を繰り返すため、根絶が難しい病気のひとつとされています。なかでも、肝内休眠型原虫を抑えるワクチンの開発は、長期的な感染対策の鍵となります。GHIT Fundは、マヒドン大学、チュラロンコン大学、愛媛大学が共同で進める三日熱マラリアワクチン開発プロジェクトを支援しております。

 

 

マヒドン大学熱帯医学部の施設

 

マヒドン大学熱帯医学部は、マラリアやデング熱、住血吸虫症、腸管寄生虫感染症など、さまざまな熱帯病の研究で国際的に知られています。臨床研究、基礎研究、フィールド研究のいずれも幅広く実施しています。

 

バンコク市内の研究施設では、蚊の飼育・管理を行う「Insectary」という蚊の飼育施設があり、研究用の蚊を卵の段階から育成し、ボウフラや成虫を種ごとに分けて管理しています。これらの蚊は週に一度、マラリアの流行地域であるターソンヤンに輸送され、研究の管理下のもと、マラリア患者の血液サンプルを吸血させます。その後、蚊はバンコクの研究施設に戻されます。この過程を通じて、研究者はマラリア原虫の発育や感染の仕組みを解析し、ワクチンや薬剤の有効性を評価しています。

 

 

 


研究用に飼育しているボウフラ


生育された蚊

 

 

同大学ではさらに、アフリカやメコン川流域から採取された住血吸虫の中間宿主となる巻貝や、その巻貝を食べた魚を飼育し、寄生虫の発育サイクルや感染経路の解明、その対策に関する研究にも取り組んでいます。こうした研究により、マヒドン大学はタイ国内だけでなく、アジアやアフリカを含む広い地域の寄生虫疾患対策に貢献しています。

 

 


メコン川から採取してきた巻貝


巻貝を食べた魚を飼育、水生生態系を再現し感染経路の発見を進める

 

 

ターソンヤンにおけるフィールド研究と地域医療

 

バンコクからおよそ600キロ離れたタイ北西部、ミャンマー国境に位置するターソンヤンは、タイ国内でも主要なマラリア流行地域の一つです。周辺にはミャンマーから避難してきた少数民族カレン族のコミュニティや複数の難民キャンプが点在しています。見渡すかぎり米やとうもろこしの畑が広がっているこの地域では、多くの住民が農業に従事しており、蚊との接触機会が多いことから、マラリアやデング熱などの蚊媒介感染症のリスクが非常に高い地域です。

 

マヒドン大学 Vivax Research Unit(Mahidol Vivax Research Unit:MVRU)は、ターソンヤンを主要な研究拠点として、マラリアに関する多角的な研究を進めています。現地では、マラリア患者の血液を実験用の蚊に吸わせて、マラリア原虫の発育過程や感染伝搬の仕組みを研究し、再発予防薬やワクチン開発に必要な基礎データを収集しています。

 

 


マラリア患者の赤血球からマラリア原虫を観察するMVRUの研究者


ターソンヤンにあるMVRUの簡易ラボ施設

 

 

今回の訪問では、マヒドン大学がフィールド研究を行うカレン族のコミュニティ、ターソンヤン地域の医療の中核を担うターソンヤン病院、そしてミャンマー側の国境にある診療所を視察しました。

マヒドン大学は、地域住民や保健当局と緊密に連携し、蚊の生息状況調査や研究に用いる血液採取などを行っています。こうした取り組みは、研究の推進にとどまらず、地域社会全体の感染症対策能力の向上にも繋がっています。

 

訪問したカレン族のコミュニティでは、蚊帳の使用や感染症対策を呼びかけるポスターが掲示されており、マラリア・デング熱に関する啓発活動が行われている様子が見られました。また地域には、ボランティアによって運営されるマラリア・ポスト(簡易診療所)が点在しており、住民が発熱した際には診療所で診断キットを用いた検査を受けることができます。マラリアと診断された場合は病院へ搬送される仕組みも整っており、初期対応の体制が地域に根付いている様子がうかがえました。

 


地域住民の血液サンプルの採取風景


地域住民の血液サンプルの採取風景


ボウフラの採取風景

 

 


採取したボウフラを持ち帰るMVRUの研究者


マラリア啓発活動


マラリアポスト外景

 

 

地域医療の中核を担うのが国立ターソンヤン病院です。同病院はマヒドン大学の主要パートナーとして、地域最大の医療拠点の役割を担っています。ターソンヤン地域には約10万人が暮らしており、そのうち約3割はミャンマーからの難民など、タイ国籍を持たない人々です。こうした背景のもと、同病院は国籍や出自を問わず、地域全体の医療を支えています。

 

さらに、ミャンマー側の国境にあるクリニックも視察しました。ターソンヤン病院の医療スタッフが毎日ミャンマーとタイの国境を流れるモエイ川をボートで渡り、現地で診療にあたっています。主な利用者はカレン族をはじめとする少数民族で、マラリアの流行状況はミャンマー側の方がより深刻です。国境を越えた人の移動がある以上、感染拡大を防ぐためには粘り強い治療と継続的な支援が欠かせません。

 

 


ターソンヤン病院外景


タイ・ミャンマー国境を流れるモエイ川


タイ・ミャンマー国境を流れるモエイ川

 

 

しかし、同クリニックには手術室や入院スペースなどの医療インフラが十分に整っておらず、限られた設備で診療を続けているのが現状です。主にボランティアや寄付によって運営されていますが、近年は継続的な支援を確保することがますます難しくなっています。寄付される診断キットにも種類のばらつきがあるなど、安定供給の面でも課題があります。その結果、マラリアやデング熱の早期診断・治療が遅れるケースも少なくありません。また患者の多くは山や森を越えて受診しなければならず、医療へのアクセスは極めて困難です。

ターソンヤンの地では、研究と地域医療が密接に結びつき、限られた資源の中で感染症と闘う人々の努力が続けられています。現場でのこうした取り組みは、マラリア根絶に向けた国際的な挑戦を支える重要な基盤となっています。

 

 

現地視察を通じたGHIT Fundの取り組みの意義

 

今回の視察では、マヒドン大学の協力のもと、現地のコミュニティや医療機関の状況を直接確認するとともに、マラリアやデング熱に関する感染リスクや医療格差の現状を把握することができました。研究施設での基礎・臨床研究と、ターソンヤンでのフィールドワークが一体となって進められている様子を実際に見て、現地の医療資源やインフラの課題に応じた支援の重要性を改めて認識しました。

 

GHIT Fundは今後も、現地のパートナー機関との連携を通じ、マラリアやデング熱などの感染症の制圧を目指した研究開発を積極的に支援し、低中所得国における医療格差の解消や公衆衛生の向上に貢献してまいります。