イベント
【イベント報告】GHIT Panel in London on Partnership-Driven Innovation
11月11日、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)と在英日本国大使館はグローバルヘルス分野の権威・専門家を招いてパネルイベントを共同開催いたしました。
本イベントはGHITの理事でもあるピーター・ピオット氏(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院学長)の進行のもと、開発途上国の最貧困層に甚大な影響を及ぼす新興・再興感染症に対し、セクター間を超えた世界的規模での連携や協力の重要性を訴えました。また、基調講演やパネルディスカッションでは、グローバルヘルスにおけるさらなるパートナーシップの必要性が強調されると共に、感染症の治療薬、ワクチン等の製品開発(R&D)に関する課題の解決策を模索するイベントとなりました。
本イベントは、在英国日本国大使館の林景一大使の開会挨拶で開幕し、林大使は昨今のエボラ出血熱の流行について言及しつつ、グローバルヘルスR&Dの緊急性と迅速な対応が必要であると述べました。また、グローバルヘルスの課題解決に向けて、日本が保有する技術、能力、そして専門性を活用していくことの責任についても述べ、GHIT Fund のミッションとビジョンについて賛同の意を表明しました。
GHIT Fund のCEOであるスリングスビーB.T.は、GHIT Fundが日本の組織として、そして国際機関として果たす役割、ビジネスモデル、またミッションやビジョンの背景を説明すると共に、昨今、日本で話題となったデング熱の例を挙げて、開発途上国で蔓延する感染症制圧に向けた投資とアクションの必要性を訴えました。
その後、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院臨床熱帯医学のブライアン・グリーンウッド教授による基調講演が行われました。サハラ砂漠以南のアフリカでは、マラリアの感染者は2億人を越え、毎年60万人以上の人が死亡しており、そのうちの大多数が子どもです。そして、感染地域によっては、公衆衛生に関する全支出の40%をマラリアに関する支出が占めています。グリーンウッド教授は、こうしたマラリアの現状やマラリアの世界的制圧と撲滅に関する課題を述べるとともに、感染症の取り組みに関する背景的要因、技術的要因を概説し、これらの要因を解決するためにグローバルな連携が必要との提案がなされました。グリーンウッド教授は、過去10年間、マラリア制圧に関して目を見張る進歩が見られたと評価する一方で、マラリアの持つ耐性の脅威によって、その成果が危ぶまれていることに対して警鐘を鳴らしました。さらに、感染レベルの低い地域ではマラリア制圧への注目が高まっているにも関わらず、感染率が高く、取り組みの成果が低い地域では、多くの罹患者が命を落とし、未だ重要な課題が残されていると強調しました。そして、マラリアの制圧と撲滅に向けては引き続き、新たな医薬品開発が必要だと締めくくりました。同教授は、「このイベントは、GHIT Fundの好調なスタートを印象づけるだけでなく、開発途上国向けの新しい治療薬や予防策の開発のために、日本の民間企業、大学、研究機関とともに、既にインパクトを与えていることを明確に示している。」と述べました。
グリーンウッド教授の基調講演に続き、ピオット理事によるモデレーションのもと、ロイ・アンダーソン教授(インペリアル・カレッジ・ロンドン感染症疫学)、サイモン・クロフト教授(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院熱帯感染症学)、ティム・ウェルズ博士(メディスンズ・フォー・マラリア・ベンチャー:MMV チーフ・サイエンティフィック・オフィサー)、日下英司GHIT Fund理事(厚生労働省大臣官房国際課国際協力室長)を登壇者として迎え、パネルディスカッションを行いました。本パネルディスカッションでは、最貧困層の人々に甚大な影響をあたえるマラリアとその他の感染症の製品開発パートナーシップの役割について、各登壇者のこれまでの経験や知見が紹介され、議論が展開されました。
MMVのティム・ウェルズ博士は、日本の製薬企業とのパートナーシップを通じて得た経験について、「以前は、パートナーシップをどのように構築するか自体が大きな障壁となっていたが、GHIT Fundが日本との素晴らしいコラボレーション構築の道を開いてくれた。日本企業とのパートナーシップを通じて、私たちは日本が保有する製品開発の知見を活用できるようになった。日本企業は歴史的にも感染症の新薬開発に非常に優れているので、創薬探索プログラム(スクリーリング・プラットフォーム)が日本で始動したことはとても重要なことだと考えている。」と述べました。
2つ目のパネルディスカッションでは、リンパ系フィラリア症(象皮病)やオンコセルカ症(河川盲目症)向けの新薬開発を行うリバプール大学熱帯医学校(Liverpool School of Tropical Medicine (以下、LSTM))と、日本の製薬企業であるエーザイ株式会社(以下、エーザイ)のパートナーシップを例として取り上げ、製薬企業と研究機関のコラボレーションという観点に焦点をあてながらプロジェクトが紹介されました。
リンパ系フィラリア症(象皮症)とオンコセルカ症(河川盲目症)は、寄生虫によって起こる感染症で、世界の1億5千万人以上の人々を苦しめています。これらの疾患はフィラリア成虫を駆除する治療薬を用いれば制圧は可能であり、リバプール大学とリバプール大学熱帯医学校の研究によって、フィラリア成虫の細胞内に寄生するボルバキアという細菌を駆除することで、成虫を死滅させることができることが解明されました。また、LSTMとエーザイのパートナーシップによって広大な化学物ライブラリーからボルバキア菌を死滅させる作用を持つ化合物を見出すことが可能となりました。GHIT Fundの投資を受ける同パートナーシップでは、最も有望視される化合物に対して化学修飾を行った後に、前臨床試験に進めるだけの安全性および有効性を有する化合物かどうかの同定を行います。エーザイはフィラリア症患者のために可能な限り早く、新承認薬を開発することを目指しており、これにより開発途上国で苦しむ罹患者と、その家族がより必要な医療を享受できるようになることが期待されます。
リバプール大学熱帯医学校寄生虫学のステファン・ワード教授は、これまでのGHIT Fundの投資プロセスを経て得られた経験と教訓を述べるとともに、エーザイのエグゼクティブ・ディレクターであるファビアン・グソフスキ氏は民間企業の視点から、「GHIT Fundを通じてエーザイは顧みられない熱帯病に向けた新薬、ワクチン開発を目的としたパートナーシップ構築を主導することができた。私たちのパートナーもエーザイ自身もGHIT Fundの原動力となっている”product focused vision(製品化を実現するビジョン)”を取り入れながら、新たな製品を市場に提供することを目指している」と応じました。
ピオット理事はパネリストの見解を受け、エボラ出血熱等の感染症がグローバルレベルで再興し、新薬開発の需要が高まっていることと、現状の市場原理によるR&Dモデルが機能していないという状況の中で、今後新薬の研究開発が加速する可能性があると言及しました。その上で、感染症による社会・経済活動への影響を低減させるためには、世界規模での官民による組織的な取り組みが必要不可欠であると総括しました。ピオット理事は、感染症を理解し、予防し、治療し、そして最終的に制圧するためには、政府によるグローバルヘルスR&Dへの参画、世論の感染症に対する認識、追加資源、そして確実で根拠のある科学などが非常に重要な要素であると言及しました。
イベントの閉会の挨拶で、GHIT Fundの黒川会長は、生み出されるインパクトを最大化し、世界の人々の健康と経済活動がより改善していくためには、それぞれの組織がセクター間の垣根だけでなく国境をも超えて、各々が果たすべき重要な役割があることを認識する必要があると参加者に呼びかけ、ロンドンでのイベントを締めくくりました。