Investment

プロジェクト

マラリア原虫肝内休眠体の迅速診断に向けた実現可能性検証研究

イントロダクション/背景

イントロダクション

アジア太平洋地区とアメリカ地区では、ここ十年間にマラリアの臨床症例は90%以上減少し、三日熱マラリアはアフリカを除いた地区では最も多いマラリアとなった。この変化は、三日熱マラリア原虫が肝内休眠体を持ち再発するという生物学的特性と関係している様である。2030年までにAIDS、結核およびマラリアの流行をなくすという国連の持続可能な開発目標の観点、および、マラリア根絶が進められている時代背景の下、三日熱マラリアに対する効果的戦略は不可欠である。肝内休眠体の感染は無症状のため、人集団中に隠れた原虫保有者を作り出すこととなり、蚊から新たに感染せずとも、数週間~数年間にわたり患者におけるマラリア再発や、新たな流行の原因となる。現在、肝内休眠体の保有者を診断する適切な診断ツールは存在せず、この問題はWHOの「マラリアに対するグローバル技術戦略2016–2030」でも取り上げられている。 

 

プロジェクトの目的

マラリア原虫肝内休眠体を診断するためのメタボライト・マーカー候補分子の同定 

 

プロジェクト・デザイン

これまでの支援(RFP T2017-105)により、研究チームで確立した三日熱マラリア原虫とほぼ同等の生物学的特徴を有するサルマラリア原虫Plasmodium cynomolgiの休眠体培養系と、感度の良いメタボローム解析を組み合わせ、マラリア原虫休眠体に対する診断ツール標的を同定する培養条件下での概念証明実験を行った。その結果、休眠体が多い培養に特徴的なメタボライトを同定し、様々な特徴により優先順位を付けることができた。今期のin vivo実現可能性検証研究では、P. cynomolgiとアカゲザルのマラリア感染モデルを用いて、in vitro概念証明実験で同定されたメタボライトがin vivoでも確認できるか、さらに、休眠体感染を検出する迅速診断テストを開発する段階に進むべきかを検証する。 

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

肝内休眠体の保有者を見つけることができる診断ツールがあれば、短期的にはマラリア患者がいる場所やその程度を正確に把握することができるようになるとともに、長期的には、肝内休眠体の保有者にのみ薬剤投与をすることができるようになる。この、休眠体ステージのマラリア原虫保有者を同定・治療するというアプローチにより、患者本人の発症予防ができるとともに、三日熱マラリアのさらなる伝播を阻止し、投薬の必要がない患者への不要な投薬が抑制される。我々の特徴的なアプローチにより、このような診断ツールを開発することが可能であるとの概念が培養条件下で証明されると考える。もし成功すれば、生体での概念証明実験を行う詳細な準備を進める。このような診断ツールは、三日熱マラリアの制御と絶滅に大きな貢献をすることになると考える。 

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

休眠体マラリア原虫のメタボライトを解析するために、我々が確立しているP. cynomolgiマラリア原虫とアカゲザルの感染実験系を用いる点と、大量のメタボライトを定量的に検出することができる革新的技術の「キャピラリー電気泳動-質量分析法」を用いる点。

各パートナーの役割と責任

長崎大学は実験デザインとメタボローム解析を行う。オランダの生物医学霊長類研究センターはサルを用いた実験および休眠体培養実験を分担する。熊本高等専門学校はメタボローム解析の支援を行う。全てのパートナーがデータ解釈を責任を持って行う。 

最終報告書

1.プロジェクトの目的

三日熱マラリアでは、休眠体の潜伏を検知できない事が、マラリア撲滅の壁である。休眠体の存在を検出する方法の開発を目的とし、in vitro実験で得られた特徴的な代謝産物が、in vivo実験としてのサイノモルギ・マラリア原虫のアカゲザル感染モデルでも検出されるかを検証し、検出法の実現可能性を検討した。

 

2.プロジェクト・デザイン

2群のサルにサイノモルギ・マラリア原虫のスポロゾイトを投与し、クロロキンもしくはアトバコン投与を投与して休眠体のみを残した。対照群として休眠体非形成の二日熱マラリア原虫を用いた。感染後、経時的に血液試料を採取し、質量分析により代謝産物の検出を行った。スポロゾイト投与量を減量し検出感度を検討した。

 

3.プロジェクトの結果及び考察

キャピラリー電気泳動質量分析法により、1度目に813個、2度目に604個の代謝産物を検出した。休眠体に特異的である可能性に基づき、これらの代謝産物について優先順位付けしたリストを作成した(最高優先度21個、高優先度46個、中優先度31個、低優先度47 個)。

最高優先度21個の代謝産物の中には、高い確率で構造が推定された代謝産物だけでなく、構造が推定できない未同定物質も含まれていた。そこで、タンデム質量分析に供するのに十分量が確保できた8個について構造予測を行ったところ、6個の構造を推定できた。このうち3個についてさらに高分解能質量分析による解析を行ったが、信頼性の低い構造しか推定できず、未同定のままである。

概念実証試験として事前に行なったin vitro実験では、休眠体が感染している細胞の培養上清において、有意に検出される代謝産物が存在した。in vivo実験では、これらの代謝産物の血中濃度はin vitro実験よりも何倍も低いと予想された。それにもかかわらず、in vivo実験でも、in vitro実験でリストに上がった代謝産物が、感染段階の関連時期に検出された。このことから、休眠体の存在に関連する特異的な代謝産物の種類が確認された。また、スポロゾイト投与量を変えることにより、in vivo実験での検出感度も確認した。

さらに、in vivo実験では、in vitro実験では検出されなかった、休眠体の存在に関連する特異的な代謝産物が同定されたことから、休眠体検出法の開発に向けた追加研究として興味深い可能性が得られた。休眠体検出法の開発には、これらの代謝産物の特異性と検出感度を評価するための、より大規模で網羅的なスクリーニング研究が有効で必要と考えられる。そのためには、開発予備段階から共同で研究開発を進めていける企業の参画が必須であろう。