Investment

プロジェクト

Cry5BのTrichuris –鞭虫に対する最適化

イントロダクション/背景

イントロダクション

土壌伝播蠕虫(STH) 感染症は、世界で約15億人と人口の24%が罹患する重大な顧みられない熱帯病です。これらのヒトに感染する種々の腸内寄生虫(鉤虫、回虫および鞭虫)は汚染された土壌を介して伝播され、きれいな水や衛生へのアクセスを欠く農村部の社会経済的地位の低いコミュニティに最も重い負担をもたらします。乳児および小児において、STH感染による死亡および罹患のリスクが最も高くなっています。STH感染が原因となり、低出生体重、鉄欠乏性貧血、慢性栄養失調、発育阻害、成長と身体発達の障害、認知発達障害、教育の遅れ、経済発展への悪影響など、健康と生活の質への影響が知らぬ間に進行します。2018年には、流行国において6億7600万人以上の学童が駆虫薬による治療を受けましたが、これは危険にさらされている全ての子供の53%に過ぎません。

 

プロジェクトの目的

本プロジェクトは、STH感染症と関連疾病負荷の治療に現在使用されているベンゾイミダゾール薬(アルベンダゾール、メベンダゾール)を安価で有効に代替または補完し得る新しく画期的で薬効範囲が広い駆虫薬の開発を更に進めることを目指します。前プロジェクトに基いた本プロジェクトの目的は、その食性と寄生部位(大腸)から最も困難な標的である鞭虫(Trichuris)に対して、バチルス・チューリンゲンシス結晶(Cry)タンパク質Cry5Bのリード配列を最適化することです。鞭虫は、試験管内で試験されたCry5Bとその変異体に対して完全な感受性を示します。これまでの研究から、自然アミノ酸置換によるCry5Bタンパク質変異体で、鞭虫に対する生理活性と有効性が有意に向上する可能性があります。今後の変異体探索により、Cry5Bタンパク質活性の2つのパラメータである有効用量と殺虫時間を改善して、対鞭虫の有効量を対鉤虫における1mg/kgまで低減化するCry5B変異体のリード候補を特定します。

 

プロジェクト・デザイン

前プロジェクトの探索研究で、マサチューセッツ大学医学部(UMMS)は、多くのCryタンパク質とCry5B自然アミノ酸変異体のTrichurisに対する活性を評価しました。これらの間の配列差は、安定性、活性化、受容体親和性に影響すると仮定されます。本プロジェクトで、UMMSは、まずTrichuris、次に鉤虫に対する活性の改良のため、Cry変異体を試験管内と生体内で体系的に評価します(回虫と鉤虫は同傾向)。同定された改良Cry5Bアミノ酸変異体とCryタンパク質は、結晶タンパク質を内包する不活性化細菌 (IBaCC)として花王が枯草菌で生産し、UMMSが試験管内と生体内で試験します。この枯草菌の組換えCry5B駆虫タンパク質高発現技術は、数g/Lの発現を達成済みで、更に改善が期待されます。我々の技術で必要な規模でCry5Bを製造・精製し、生化学的特性評価、精製、試験管内・生体内活性評価によりリード変異体候補を選択します。基準のCry5Bより優れた変異体を同定し、マウス-鞭虫感染系で生体内試験を実施します。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

30年以上の間、STH感染症を治療する新薬は導入されていません。STHの集団投薬運動で最も広く使用される薬剤(アルベンダゾールとメベンダゾールのベンズイミダゾール薬)は耐性増加に脅かされています。寄生線虫を保持する家畜の治療では、レバミゾールの様に既に効果を失ったニコチン製剤がいくつかあります。全ての承認済み駆虫薬のプロファイルの重大な欠陥は妊娠初期の女性の禁忌であり、母親と胎児はSTHによる貧血や栄養失調の影響を受けやすく、また、治療的介入が行えない状態にあります。Cry5Bは、無脊椎動物のみで知られる標的に結合する非吸収治療剤として、妊婦や幼児を含む全ての患者に優れた安全なプロファイルを有すると期待されます。Cry5Bは、STH感染症管理の治療オプションに対して安価で強力な追加となり、既存薬との併用療法も形成できます。また、いくつかのニコチン製剤と相乗作用があり、これらの製剤に耐性のSTHはCry5Bへの感受性が高まります。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

Cry5Bは、全く新しい駆虫医薬品の強力で有望な新候補です。これは、すべての主要なSTH感染症を治療するユニークな作用機序を有しており、既存薬が耐性を獲得されてもCry5Bは影響を受けません。このプロジェクトの最終的な目標は、費用対効果が高く、拡張性が高く、低リソース環境(集団投薬など)での使用が許容され、子供や妊婦を含むすべてのリスクのある集団で安全に使用可能な、より安全で効果的な既存治療の代替法を開発することです。

各パートナーの役割と責任

花王は日本の消費財・化学品メーカーで、豊かな生活文化の実現と社会の持続可能性への貢献を使命としています。バチルス属細菌による産業酵素生産のリーダーで、組換えCry5B生産を担当します。PATHはグローバルヘルス革新のリーダーで、起業家の洞察、科学と公衆衛生の専門性、実現への情熱、40年以上のグローバルヘルスの経験で貢献します。花王とUMMSの活動の促進と主導、Cry5B変異体の物理化学評価(溶解性、安定性、凝集等)の研究設計支援を担当します。これは次段階での胃酸や酵素分解を回避する経口製剤開発に重要です。UMMSのDr. AroianはSTHの第一人者で、Cry5Bとその作用機構を初めて解析し、世界のSTH課題の解決へCry5Bの可能性を追求しています。彼の研究室は、寄生線虫症への有効性評価の動物実験モデルを確立し、他の微生物でCry5B発現を初めて試み、関連する試薬とツールを有しています。Cry5B変異体設計、菌株開発と精製技術の花王への助言、試験管内・生体内試験を担当します。

最終報告書

1. プロジェクトの目的

全体的な目的は、妊婦や小児を中心とした土壌伝染性蠕虫症 (STH) の画期的な広域経口駆虫治療薬として新規結晶 (Cry) タンパク質の開発です。小腸の鉤虫や回虫に有効ですが、大腸の鞭虫にはin vitro活性が10-100倍低く、配列最適化による活性向上が必要でした。そこで、リード配列を最適化して鞭虫に対する有効性を改良する方針としました。

 

2. プロジェクト・デザイン

Cry5BとCry21Aの変異体を500以上設計・合成し、花王の枯草菌発現技術で細胞質に結晶を含む不活化細菌(IBaCC)の溶解物を調製し、UMASS Chan医学部で対鞭虫・鉤虫のin vitro活性向上に向けて試験しました。生産調製、リード候補順位付け、二重/三重組合せ用変異の選抜を会合で議論し、優れた変異体を大量調製し、対鞭虫in vivoマウス試験に供しました。

 

3. プロジェクトの結果及び考察

配列最適化により、野生型Cryタンパク質より駆虫活性が大幅に向上したことが実証されました。少なくとも1つのCry5B二重変異体でin vitroの優れた効果がin vivoの効果向上に繋がったことも確認しました。Cry21Aは糞便中鞭虫卵数を70%減少させ、Cry5B二重変異体は統計的に有意に鞭虫数を86%減少させました。いずれも更なる最適化が期待されました。これらの有望な結果は、Cry5BとCry21Aの三重・四重変異体の組合せと最適化を続けることで、望ましい対鞭虫有効性の10mg/kgに向けて近づくことを示唆しています。

配列最適化のみでは取り組めないCryタンパク質の大腸送達と対鞭虫有効性を最適化するために、2つの重要な教訓と未解決の課題が分かってきました。(1) 胃での分解を免れたCryタンパク質の量は5%未満であり、(2) 可溶性が増すと対鞭虫の効果が高まることです。可溶化の更なる最適化が求められます。それぞれの独特な変異体について、タンパク質の安定性、可溶性、鞭虫に毒性を発現するためのアクセス性を改善するのに最適なバッファ組成を特定する必要があります。また我々の研究により、製剤化と同時にリード配列候補のIBaCCについて菌株と発酵特性を最適化することで、溶解性と活性が大きく改善する可能性が示唆されています。

これらの結果から、3つの戦略により目標の製品特性を満たす最適な変異体候補を特定できると確信しています。(1) Cry5BとCry21Aの配列変異体の組合せ、(2) 菌株と発酵プロセスの改良、(3) PATHが開発済みの独自のカプセル化系を活用した新しい製剤化アプローチです。これらを含む補完的な研究努力は、胃を通過しても活性があり、可溶性で、小腸と大腸で鉤虫と鞭虫がそれぞれ直ちに摂取可能な形態のCryタンパク質を調製するという目標を達成するために必要です。両寄生虫への活性のためにリード配列を改良する方法は実施しましたが、前臨床製剤のリード候補としての有効薬量を達成するには、最適なタンパク質構造、形態、製剤化が必要となります。