Investment

プロジェクト

新規抗マラリア薬としてのプロテアソーム阻害剤の研究開発

イントロダクション/背景

イントロダクション

プロテアソームは、すべての真核細胞に見られる細胞内タンパク質の恒常性の維持を担う多酵素複合体である。著しい細胞分裂を経て成長する生体のように、熱帯熱マラリア原虫もまたユビキチンープロテアソームシステムに大きく依存していることから、マラリア治療薬の開発においてプロテアソームは有望なターゲットである。前回のGHIT投資案件(T2015-134; H2017-101)において、武田オンコロジー、メルボルン大学そしてMMV(Medicines for Malaria Venture)との共同研究により有望なリード化合物をすでに見出している。更なる化合物ライブラリーのスクリーニングにより見出された新規“DAG”シリーズは、熱帯熱マラリア原虫プロテアソームのベータ5サブユニットだけに作用し阻害活性を示す。この化合物群は、寄生虫細胞に対して高い阻害活性を有し、ヒト細胞毒性が低く、即効性を示し、高いバイオアベイラビリティ、そしてSCIDマウスを用いた薬効試験で有効性を示した。既に上市されている経口プロテアソーム阻害剤“ニンラーロ®”の臨床開発データと照らし合わせると、このDAGシリーズはMMVの新しいマラリア治療薬としての目標薬剤候補条件を満たせるものと思われ、アルテミシニン耐性種に有効な新規抗マラリア薬を提供できると考えている。

 

プロジェクトの目的

1)     MMVで設定されているリード化合物基準に見合う熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム阻害剤の探索

2)     TCP(Target Candidate Profile)を満たす熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム選択的阻害剤の活性評価

 

プロジェクト・デザイン

次のステージであるリード化合物最適化へのステージアップに必須なMMVの判定基準を満たすリード化合物を創出するために、引き続き化合物探索研究を行う。最終的に単回投与可能で安全な医薬品候補化合物を創出するために化合物の半減期の改善が必要であり、またヒトプロテアソーム・ベータ5サブユニットに対する選択性の向上が重要課題である。ヒトプロテアソームと熱帯熱マラリア原虫のプロテアソームの活性部位の構造上の相違は、高い選択性を有する化合物設計の助けになることから、モデリングソフトを使った活性部位の予測構造、またクライオ電子顕微鏡法により得られる構造情報を基に選択的阻害剤のデザインに上手く活用していく。さらにこれまでの含ボロン酸阻害剤研究開発の経験が、優れた薬物動態特性(経口バイオアベイラビリティー、低クリアランス、長い半減期、高い溶解性そして適した脂溶性)を持つ化合物の開発に生かされるであろう。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

毎年2億人ものマラリア感染症を引き起こす熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)は、およそ44万もの人々、その多くは5歳以下の子供達を死に至らしめている。現在のマラリア治療は、アルテミシニン併用療法に大きく依存している。このため、東南アジア諸国で起きているアルテミシン系薬剤への感受性低下による寄生虫クリアランスの遅延と治療失敗率の上昇(ある地域ではおよそ50%にものぼる。)は、非常に深刻な問題である。世界保健機関は、“一つの地域の公衆衛生問題を解決する機会が非常に限られているため、これが世界的に重大な影響を与える恐れがある”と警告している。この差し迫った危機を克服すべく、Medicines for Malaria Venture (MMV)は次世代抗マラリア治療薬の開発に取り組む。本プロジェクトは、熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム選択的阻害剤の創製を目的とする。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

本プロジェクトは、武田オンコロジーにおいて長年にわたり培われてきた癌治療を目的としたヒトプロテアソーム阻害剤開発の知識と経験を基に、寄生虫学が専門領域であるメルボルン大学のティルリー研究室、そして抗マラリア薬開発のエキスパートであるMMVの協働により行われる。本プロジェクトにおける技術的イノベーションは、熱帯熱マラリア原虫の20Sプロテアソーム活性部位構造の解明にクライオ電子顕微鏡法(cryoEM) を用い、得られる構造情報を基に標的阻害剤をデザインすることである。ヒトプロテアソーム並びに熱帯熱マラリア原虫プロテアソームにおける活性部位の微細な違いの解明は、従来の創薬化学手法と併せて高選択的な熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム阻害剤の分子設計に非常に有用である。

各パートナーの役割と責任

長年にわたる製薬企業での創薬研究の経験を持つ生化学の専門家、ディック博士が本プロジェクトの統括を行う。メルボルン大学のティルリー教授、ジー博士のグループは、熱帯熱マラリア原虫プロテアソームの精製ならびに供給、活性の作用機構の解明、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析、そしてプロテアソーム阻害剤に抵抗性を示す寄生虫などの重要なツールの開発を担う。武田オンコロジー所属のゴールド博士は、新規熱帯熱プロテアソーム阻害剤の化合物設計および分析を行う創薬化学チームを指揮する。この創薬化学チームは、ヒト・プロテアソーム阻害剤や他の含ボロン酸化合物開発に長けた研究員で構成されている。MMV所属のブランド博士は、創薬の専門知識と戦略面でのアドバイスを提供する。また、各チームへの情報共有を担う。バウド氏は、物資や化合物管理、アッセイ等の実務業務の調整を行う。

最終報告書

1. プロジェクトの目的

生化学的および寄生虫スクリーニングからMMVの初期基準を満たす選択的な最適化候補化合物を提供すること。また、安全な薬剤開発のため、MMVの標的候補と化合物に関し、マラリア原虫プロテアソーム阻害剤の寄生虫学的プロファイルを決定し、有効性と選択性に影響を与える構造的および速度論的要因を理解することを目指した。

 

2. プロジェクト・デザイン

生化学的もしくは細胞アッセイによって有効性と選択性を評価し、クライオEMと分子シミュレーションを用いて合理的な手法で最適化した。主要な候補化合物はMMVのin vitro、in vivoアッセイで寄生虫学的プロファイルを評価した。耐性変異体生成実験などを用いて標的特異性や阻害剤結合モードの確認、耐性リスクの評価などを実施した。

 

3. プロジェクトの結果及び考察

マラリア原虫プロテアソーム阻害剤はP. vivaxを含む試験したすべての実験室適応株、薬剤耐性株、臨床株において、ライフサイクル全体(TCP1、4、および5)で活性があり、in vitro、in vivoで速効性があり、治療および化学予防(TPP1および2、MIR>10e7)に必要な寄生虫学的および耐性プロファイルを持つことを確認した。プロテアソームベータ5サブユニット特異的な化合物群はヒトのアイソフォームに対して100倍以上の生化学的選択性を示し、経口投与でマラリアSCIDマウスモデルにおいて良好な薬効を示した(寄生虫血症が4 x 25mg/kg POでBLOQに低下)。 

速度論解析によって、ボロン酸と活性サイトの求核部位の配位結合形成が、P. falciparum 20Sベータ5よりもヒトで遅いことがDAGシリーズの選択性に寄与していることが判明した。クライオEMと分子モデリングより、選択的な可逆的共有結合阻害剤の創製は困難であることが明らかとなった。 

ここ半年の間に当シリーズのin vivo半減期が短い懸念が浮上し、おそらく脱ホウ素化に起因しており、製品の保管安定性にも影響を与えると予想された。継続・中止の判断を下すために3つのボロン酸エステル候補化合物でヒト肝臓およびヒト血漿での代謝物同定、化学安定性試験、強制分解試験による保管安定性の確認を予定している。 

確認を要するが予備分析の結果から、化合物の代謝またはボロン酸基の脱ホウ素化が短いin vivo半減期の原因であることが予測された。これは当シリーズの特徴である可能性があり、MMVの単回経口投与基準に見合う薬物動態を達成できない可能性がある。薬物動態を改善できれば当シリーズは他の文献報告化合物と比較しても最も開発可能性のある化合物群であると考える。薬効と選択性プロファイルから決定された候補化合物が良好な化学安定性とin vivo安定性を示す場合、これをリード候補とみなしSCIDマウスでの薬効試験と in vitroin vivo 安全性試験を実施する。現段階でGHITからのこれ以上の支援は必要とされていない。