Investment

プロジェクト

新規薬剤耐性マラリア治療薬としての選択的Plasmodiumプロテアソーム阻害剤のリード化合物探索研究

イントロダクション/背景

イントロダクション

プロテアソームは細胞内で変性タンパク質を分解する酵素で、細胞内タンパク質の恒常性維持を担っている。著しい細胞分裂を経て成長する生体のように、マラリア原虫もまたユビキチンープロテアソームシステムに大きく依存していることから、マラリア治療薬の開発においてプロテアソームは有望なターゲットである。すでにプロテアソーム阻害剤がin vitroでの単剤試験で強力な抗マラリア活性を示しているが、ヒトプロテアソームに対する選択性(細胞毒性の軽減)と優れた薬剤物性を併せもつ化合物の発見には至っていない。前回のGHIT投資案件(T2015-134)である武田薬品工業、メルボルン大学そしてMMV(Medicines for Malaria Venture)との共同研究において、有望なリード化合物をすでに見出している。ヒトプロテアソーム阻害剤のボロン酸系化合物ライブラリーを抗寄生虫活性スクリーニングに付し、更に熱帯熱マラリア原虫およびヒト20Sプロテアソームに対する阻害活性の比較、それぞれの細胞成長阻害活性の評価によりヒット化合物群を同定した。現在のところ抗寄生虫活性ならびに中程度の選択的熱帯熱マラリア原虫の成長阻害を示す化合物の確認に至っている。それらの活性化合物の構造を精査し、化合物が結合するマラリア原虫プロテアソームの活性部位の構造的特徴を明らかにしていく。

武田薬品工業の経口プロテアソーム阻害剤であるイクサゾミブ(ニンラーロ®)の臨床開発データは、このボロン酸系化合物の薬理的、薬剤的特性が、MMVの新しいマラリア治療薬としての目標薬剤候補プロファイル(TCP: Target Candidate Profile)の条件を満たしていることを示唆している。よって我々は単剤さらにはアルテミシニンとの相乗効果によりアルテミシニン耐性種を克服しうる新規抗マラリア薬を提供できると考えている。

 

プロジェクトの目的

1. 熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム高選択的阻害剤の探索

2. TCP(Target Candidate Profile)を満たす熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム選択的阻害剤の活性評価

3. GHITならびにMMVで設定されているリード化合物基準に見合う熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム阻害剤の創出

 

プロジェクト・デザイン

我々は臨床開発に有望な物性を有する選択的マラリア原虫プロテアソーム阻害剤を創出するために、明確に定義された活性試験手法を用いた構造活性相関研究を行う。

まずスクリーニングによりヒットしたボロン酸系化合物群から熱帯熱マラリア原虫プロテアソームには強い活性を示すが、ヒトプロテアソームに対して親和性の低い化合物を抜粋し至適化する。最終的には適した選択性を見極めなければならない。実際にはある程度のヒトプロテアソームへの結合は、人体への重篤な細胞毒性を引き起こすことなく化合物の半減期延長といったような有益な効果をもたらし、結果的に許容範囲内の問題となる可能性がある。阻害剤のデザインには、3つのアミノ酸で構成されるペプチドライブラリースクリーニングから得られる熱帯熱マラリア原虫20Sプロテアソーム活性部位の構造情報を活用する。そしてこの手法は主にペプチドのP1及びP3部位に焦点を当てる。更に我々のボロン酸系薬剤開発の経験を生かして、優れた薬物動態特性(経口バイオアベイラビリティー、長い半減期、低代謝、適した溶解性ならびに脂溶性)を有する化合物へと構造最適化を検討する。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)は、毎年200万人のマラリア感染を引き起こし、およそ44万もの人々(その多くは5歳以下の子供達)を死に至らしめている(2017年WHOワールド・マラリア・リポートより)。現在のマラリア治療は、アルテミシニン併用療法に大きく依存している。このため東南アジア諸国で起きているアルテミシン系薬剤への感受性低下による寄生虫クリアランスの遅延と治療失敗率の上昇(ある地域ではおよそ50%にものぼる。)は、非常に深刻な問題である。さらに懸念すべきことは、最近アフリカにおいても変異型K13-propeller遺伝子の発現が新たに認められたことである。世界保健機関は、“一つの地域の公衆衛生問題を解決する機会が非常に限られているため、これが世界的に重大な影響を与える恐れがある”と警告している。Medicines for Malaria Venture (MMV)はこの差し迫った課題に答えるべく、次世代抗マラリア治療薬の開発に取り組む。本プロジェクトは熱帯熱マラリア原虫プロテアソーム選択的阻害剤の創製を目的とする。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

本プロジェクトの注目すべき点は、製薬業界の専門家(ディック、ゴールド氏)、寄生虫学の専門家(ティリー教授)そして製品開発パートナーMMV(ブランド、バウド氏)の協働により行われるというところである。我々は、武田オンコロジーにおける抗がん剤としてのプロテアソーム阻害剤開発過程で蓄積された知識と経験を基に、ティリー研のマラリアの生物学的専門知識とMMVの医薬品開発能力を組み合わせ、新規抗マラリア薬開発を遂行していく。

本プロジェクトの技術的イノベーションは、熱帯熱マラリア原虫に特異的に作用するプロテアソーム阻害剤の“鍵となる構造“の同定である。我々はこの“鍵構造”が熱帯熱マラリア原虫プロテアソームの2及び5サブユニットの両方と強い相互作用を形成するが、ヒトプロテアソームとは可逆的で弱い相互作用を示すと予測している。このことは、マラリア患者に対して有効かつ安全に使用可能となりえる薬剤候補を選出する上で重要な点である。

各パートナーの役割と責任

武田オンコロジーに所属のラリー・ディック氏(Larry Dick)は、ヒット化合物からリード化合物の創出と最適化を担う武田のメディシナルケミストおよびバイオケミストチームの統括を行う。このチームは、ヒトプロテアソーム阻害剤や関連したケモタイプの研究に長年従事した経験のある研究者で構成される。

メルボルン大学のリアン・ティルリー教授(Leann Tilley)は、プロテアソーム阻害活性測定、熱帯熱マラリア原虫由来プロテアソームの供給、活性の作用機構研究、ならびにボルテゾミブ耐性パラサイトのような重要なツールの開発を行う予定である。

武田オンコロジー所属のサンディー・ゴールド氏(Sandy Gould)が新規化合物のデザイン及び合成を指揮する。

MMV所属のスティーブン・ブランド氏(Stephen Brand)は創薬の専門知識と戦略面でのアドバイスを提供する。さらに、アッセイの状況や専門家の助言等の情報を各チームが共有出来るよう努める。

MMV所属のデルフィン・バウド氏(Delphine Baud)は、物資や化合物の管理、そしてアッセイ等の実務業務の調整を行う。

他(参考文献、引用文献など)

1. Geneva:_World_Health_Organisation. World Malaria Report 2017.  (2017).

2. Tun, K. M. et al. Lancet Infect Dis (2015).

3. Phyo, A. P. et al. Lancet 379, 1960-1966 (2012).

4. Spring, M. D. et al. Lancet Infect Dis 15, 683-691 (2015).

5. Ashley, E. A. et al. N Engl J Med 371, 411-423 (2014).

6. Lu, F. et al. N Engl J Med (2017).

最終報告書

1. プロジェクトの目的

種々の試験より抜粋したヒット化合物を、リード化合物探索研究ステップに進む為のMMVが定める初期リード化合物条件を満たす化合物へと発展させることが主な目的である。さらに、MMVのターゲット候補化合物プロファイルに関してマラリア原虫プロテアソーム阻害剤の寄生生物学特性の解明、また安全な治療薬を開発するために活性や選択性に寄与する構造・速度論的な要因を明らかにすることを目的とする。

 

2. プロジェクト・デザイン

構造活性相関研究には、合理的な生理活性や選択性の向上に有用であるCryo-EMや分子シュミレーションを用いた。細胞またはバイオケミカル試験は、生理活性および選択性を解明するために有/無ウォッシュアウト法を用いた。標的部位の活性や阻害剤結合様式の同定やプロテアソーム阻害剤のアルテミシ二ン耐性種に対する有効性の実証、さらに耐性リスクを評価するために、薬物抵抗性変異体の生成に関する試験を行った。

 

3. プロジェクトの結果及び考察

マラリア原虫プロテアソーム阻害剤が、in vitroおよびin vivoの両試験においてライフサイクル全般に即効的な活性を示すことを確認した。3種のボロニックアシッドのヒット化合物群の最適化研究の結果、その中の一つのDAG化合物群が100倍以上のヒトプロテアソーム選択性を示し、マラリア原虫プロテアソームBeta-5サブユニットを特異的に阻害することを見出した。本化合物群は、有望なファーマコキネティクス(F >50% in rat, 半減期 >5h)を有し、かつマラリアSCIDマウスモデルを用いた経口投与(4 x 25 mg/kg, b.i.d.)による薬効試験で良好な結果を示した。このDAG化合物群は、他のマラリア原虫プロテアソーム阻害化合物群と比べ非常に有望である。Cryo-EM から得られた活性部位構造を基に、ヒトプロテアソームとの選択性の向上への継続的な研究に役立つと思われる選択性の起因について仮設を立てた。しかしながら、可逆的な共有結合性阻害化合物に要求されるヒトプロテアソームに対する選択性レベルを評価し、そのレベルを明確にすることは極めて困難であることがわかった。