Investment

プロジェクト

シャーガス病治療薬の新規標的としてのオートファジー

イントロダクション/背景

1. イントロダクション

我々はシャーガス病治療薬創製を目指し、標的分子指向型の創薬プロジェクトを進めています。本プロジェクトは、GHIT Fund標的研究プログラム(TRP、2018-2019)を利用した先行研究の成果に基づいています。そこでは500以上のクルーズトリパノソーマ(T. cruzi、病原寄生原虫)遺伝子についてCRISPR/Cas9を用いた網羅的ノックアウトを行い、寄生虫の増殖に不可欠な25分子を同定しました。さらに、これらの25分子について、シャーガス病の創薬標的分子としての新規性、宿主細胞由来の代謝物がアマスティゴート(原虫の細胞内寄生形態)の段階で標的分子の機能不全を救済するかどうか、活性部位の構造的特徴がT. cruzi特異性を確保した創薬に適しているかどうか、などを調べました。そして最終的に、オートファジーを制御する因子を本プロジェクトの創薬標的分子として選択しました。

 

2. プロジェクトの目的

本プロジェクトの目標は、オートファジー制御因子を阻害することで作用する新規抗T. cruzi薬の初期ヒット化合物を得ることです。

 

3. プロジェクト・デザイン

本プロジェクトの目標を達成するため、我々は、Fragment-Based Drug Discovery(FBDD)と抗T. cruzi化合物ライブラリ(DNDiライブラリ)の「古典的」スクリーニングという、相補的な2つのスクリーニング手法を用います。FBDDでは、DNA-encoded library(DEL)技術を採用し、近接してタンパク質に結合する2つのフラグメントを効率よく検出します。一方、DNDiライブラリは、細胞内抗T.cruzi活性を持つことが細胞を用いたアッセイで確認された化合物で構成されています。このプロジェクトでは、同定されたヒット化合物と標的タンパク質がdruggableな組み合わせであることを重視します。理想的な初期ヒット化合物は、創薬標的に結合して酵素活性を阻害するだけでなく、タンパク質と化合物の結合状態が、その後のHit-To-LeadやLead Optimizationのステップでの化学修飾を容易にするものでなければならないと考えています。これは化合物結合の構造的基盤と密接に関係しているため、ヒット化合物と標的分子の複合体の3次元構造の決定もこのプロジェクトの重要な構成要素となります。特に、FBDD法によるヒット化合物は薬理活性とは無関係に標的への結合と酵素阻害活性によって選択されます。このようにして同定された化合物は、その後の開発段階で、必要な薬理学的特性を獲得するために進化し、最適化される可能性を秘めていなければなりません。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTD)に関するWHOの新規ロードマップ内で公衆衛生上の問題として制圧を目指すべきとした8つのNTDのうち、シャーガス病は研究開発ポートフォリオが相対的に脆弱な状況と言えます。我々のプロジェクトはシャーガス病の研究開発ポートフォリオの強化に貢献すると考えています。前回のGHIT Fund標的研究プログラムで行われたT. cruzi増殖に重要な分子の探索では25種類の必須分子を同定しました。本プロジェクトでは、この成果をシャーガス病治療薬創製の新たな出発点とするために、その中で最も有望な創薬標的と経路に結合する初期ヒット化合物を取得することを目指します。選ばれた標的分子の新規性は、新規シャーガス病治療薬創製に資するリード化合物取得に繋がるだけでなく、創薬標的選択の一つのブレークスルーになる可能性があります。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

1)創薬標的選択の信頼性

シャーガス病治療薬創製における標的指向型の創薬アプローチを行う上での困難の一つは、T. cruziの重要な分子に関する情報が不足していることです。これは遺伝学的アプローチが限られていることによります。まず、T. cruziはDICER活性を持たないためRNA干渉実験が行えません。また、アマスティゴートは細胞内に存在するため、遺伝子を直接操作することは非常に困難です。前回のTRPプロジェクトでは、既述のようにT. cruziの網羅的な遺伝子ノックアウトを行いました。これはCRISPR/Cas9を用いたT. cruziのハイスループット遺伝子ノックアウトシステムの構築、アマスティゴートを細胞外で培養し直接遺伝子操作を行う技術の確立、が基盤となっています(参考文献1および2)。今回の創薬標的はこれら我々独自の技術と成果に立脚した信頼性の高いものと考えています。

2)ヒット化合物決定の信頼性

初期ヒット化合物は、その後の長い医薬品開発プロセスに耐えうる可能性を秘めていることが理想です。本プロジェクトでは、化合物とターゲットの結合をX線結晶構造解析によって可視化し、化合物とターゲットがdruggableな組み合わせであるかどうかを構造的に検証します。

各パートナーの役割と責任

本プロジェクトの運営には、2つの機関間の緊密なコミュニケーションが不可欠です。産総研は、本共同研究開発のリード機関として、本プロジェクトのすべての進捗に責任を持ち、また、ほとんどの実験を担当します。DNDiは、DNDiライブラリを提供するだけでなく、その薬理学的な専門知識を化合物設計とヒット化合物の評価に活かします。また、DNDiはシャーガス病の医薬品開発の世界的な状況を熟知しており、本プロジェクトがその現状に適切に貢献するよう主導します。

他(参考文献、引用文献など)

【参考文献】

1. Takagi Y., Akutsu Y., Doi M., Furukawa K. Utilization of proliferable extracellular amastigotes for transient gene expression, drug sensitivity assay, and CRISPR/Cas9-mediated gene knockout in Trypanosoma cruzi. PLoS Negl Trop Dis. 2019 Jan 14;13(1):e0007088.

2. Akutsu Y., Doi M., Furukawa K., Takagi Y. Introducing a Gene Knockout Directly into the Amastigote Stage of Trypanosoma cruzi Using the CRISPR/Cas9 System. J Vis Exp. 2019 Jul 31;(149). doi: 10.3791/59962.