Investment

プロジェクト

シャーガス病に対する新しい治療薬開発のための標的分子発見をめざした探索的研究
  • 受領年
    2017
  • 投資金額
    ¥88,235,010
  • 病気
    NTD (Chagas disease)
  • 対象
    Drug
  • 開発段階
    Target Validation
  • パートナー
    産業技術総合研究所 ,  大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 ,  ロンドン大学衛生熱帯医学大学院 ,  長崎大学熱帯医学研究所(熱研)

イントロダクション/背景

イントロダクション

抗微生物活性を持つ化合物を新しい治療薬候補としてデザインする際に、その化合物が反応することによって微生物に致死的な効果が出ることが期待されるような微生物側の標的分子が明らかになれば新薬の作製効率は格段に上昇すると考えられている。このような標的分子を同定するための手段として最近遺伝子発現ノックアウト(KO)あるいはノックダウンという方法が用いられている。この方法を用いて微生物の特定の遺伝子をKOするにはRNA干渉という機能をその細胞が持っていることが必須だが、シャーガス病を引き起こすクルーズトリパノソーマ(Tc)にはこれが欠けており、これまでは遺伝子KOを用いての標的の探索は不可能であった。我々は独自に開発したCRISPR/Cas9ゲノム編集技術と微生物イメージングを組み合わせることによりTcの特定の遺伝子KOとそれによっておこる微生物への影響を観察することを可能にしたのでこの方法を用いて、Tcの生存や増殖に必須の遺伝子を探索し新薬の標的分子を同定を試みる。

 

プロジェクトの目的

シャーガス病を引き起こすクルーズトリパノソーマ原虫のヒト細胞内での寄生形態である無鞭毛体期の生存や増殖に必須な原虫遺伝子の同定

 

プロジェクト・デザイン

クルーズトリパノソーマゲノムデータベースより生存や増殖に必須と予想される遺伝子を網羅的に約千リストアップしCRISPR/Cas9法を用いて、まず最初に培養により多数の原虫を得ることが容易なエピマスティゴートという昆虫型の原虫を用いてスクリーニングを行う。これによって得られた陽性の遺伝子をさらに目的の細胞内寄生型原虫形態であるアマスティゴート(無鞭毛体)の培養系でノックアウトし2次スクリーニングを行うことでさらに候補遺伝子を絞り込む。これらの最終候補遺伝子はさらに先端的な手法を用いて、細胞内あるいは感染動物モデル内でのKOによる影響を観察することでさらにその信頼性を確認する。またすでに原虫殺滅活性の証明されているGSK社の化合物ライブラリーを入手しそれらのこの遺伝子機能に対する影響を観察することでライブラリー内の化合物の標的遺伝子の同定も合わせて行い本プロジェクトの妥当性をさらに検証する。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

現在世界には10億人以上の人がWHOの規定する顧みられない熱帯感染症(20種の主に寄生虫感染症で貧困層に蔓延している)のいずれか一つ以上に感染している。そのうち、本プロジェクトの対象となるシャーガス病を含む3種の鞭毛を有する原虫感染症に対する治療薬は非常に限られており、その効果も低いことが知られている。シャーガス病はラテンアメリカと北米の南部地域で流行するサシガメという昆虫媒介性の原虫感染症であるが、流行地では役6-7百万人の感染者が存在し年間約1万人が死亡している。抗シャーガス病薬として現在ベンズニダゾールとニフルティモックスという2種の薬が承認され使用されているが、その効果は限定的で特に慢性の感染者には効果が少ない。そのため特に慢性感染者に有効な薬剤の開発が待ち望まれている。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

新たな遺伝子発現制御技術であるCRISPR/Cas9 とイメージング技術を組み合わせクルーズトリパノソーマという培養および感染モデル作製の極めて困難な実験系に応用して世界で初の薬剤標的遺伝子の同定に取り組む。

各パートナーの役割と責任

長崎大学熱帯医学研究所(熱研)が全体の進行を統括し、共同研究パートナーである産業総合科学研究所(産総研)、ロンドン大学熱帯医学部(LSHTM)および高エネルギー研究所(KEK)と共に研究を遂行する。熱研は遺伝子KOする遺伝子のリストアップ、KO原虫の感染動物での病原性への影響を担当し、産総研は一次スクリーニングと無鞭毛体での2次スクリーニングを担当する。LSHTMは独自の技術を用いて細胞内寄生期にのみKO効果を発現させその生物学的な評価を培養細胞および感染動物で観察する。KEKは上記の成果として挙げられてくる標的候補分子が薬剤標的として妥当な構造を有するかについての総合的な評価を支援する。

最終報告書

1. プロジェクトの目的

シャーガス病の病原原虫であるクルーズトリパノソーマ(Tc)は近年の創薬標的分子の探索に利用されるRNA干渉システムを持っておらず、探索が遅れていた。本プロジェクトではCRISPR/Cas9法を導入することで、Tc内の任意の遺伝子を網羅的に破壊するシステムを構築し、薬剤標的分子の同定を試みる。

 

2. プロジェクト・デザイン

まずCRISPR/Cas9法による約500種の遺伝子破壊実験を昆虫内増殖型Tcを用いて行い、破壊により増殖阻害される遺伝子を選別する。さらに薬剤標的にふさわしい候補遺伝子の絞り込みのために、遺伝子破壊効果を動物細胞内寄生型Tcの試験管内、及び、マウスモデルで検証する。

 

3. プロジェクトの結果及び考察

遺伝子破壊実験を行う遺伝子は、主要代謝経路に属すること、細胞内寄生あるいは血流期に発現すること、多重遺伝子ではないこと、あるいはヒトとの相同性が乏しいことを基準として選択した。それら552種の遺伝子破壊実験を昆虫内増殖型Tcを対象に行い、そのほとんどで増殖の抑制や形態的な変化を観察した。そのうち顕著な増殖阻害効果を示した116種の遺伝子について、動物細胞内型Tc(アマスティゴート)を対象に遺伝子破壊実験を行った。その結果、約3分の1の遺伝子破壊について、動物細胞内型Tcに特に顕著な増殖阻害を与えることが判明した。この絞り込まれた約30の遺伝子についてバイオインフォマティクス解析を行い、より薬剤開発に適すると考えられる特徴である、1)酵素であること、2)水溶性であること、3)立体構造がすでに明らかになっていること、という3つの基準に適合する3種の標的分子を決定することができた。これらのうち、最有力候補である分子については、大腸菌を用いた大量発現系の構築も終了している。また、今後取得する阻害化合物のTcを用いた評価に必要なツール、標的分子を任意のタイミングで過剰発現させることができる遺伝子導入Tc株樹立システム、それらの迅速高感度アッセイシステム、マウスへの感染をモニターできるイメージング技術の開発も同時に完了することができた。本研究で絞り込んだ遺伝子は全く新しいユニークな標的酵素であるため、今後さらに開発研究を進め革新的な新薬へとつなげていく。

一方で、本プロジェクトからは上記の様々な新規ツールやデータベースを創出することができた。これらはシャーガス病治療薬創製のみならず、この疾病の根本理解に必要な科学研究にも資するものと考えている。