Investment

プロジェクト

新規抗マラリア薬を指向したProlyl tRNA合成酵素阻害薬の開発研究

イントロダクション/背景

イントロダクション

マラリアは毎年2.2億人以上が感染し、2018年には感染による死者は推定40万5千人に達しています(1)。マラリアを撲滅させるには、耐性株対策、原虫感染時、そして形態変化時や肝臓休眠体に有効な新しい薬剤の創製が必要です(2)。プロジェクトチームは現在、マラリア原虫の生活環の中の赤血球期および肝臓休眠期において効果を発揮するプロリルt-RNA合成酵素(PRS)阻害薬の構造最適化研究に取り組んでいます。このケミカルシリーズは武田薬品工業株式会社(武田薬品)の自社研究パイプラインから提供されたものであり、研究開始段階において、Medicines for Malaria Venture (MMV)が提携するアメリカのカリフォルニア大学サイディエゴ校のElizabeth Winzeler教授とオーストラリアのグリフィス大学ドラッグディスカバリー研究所のVicky Avery教授らによるスクリーニングを実施し、本化合物群が赤血球期及び肝臓休眠期の抗マラリア原虫作用を示すことを確認しました(3)(4)(5)。

 

プロジェクトの目的

このプロジェクトでは、マラリア原虫のPRSの働きを強く阻害する化合物を見出し、2021年10月までにGHIT及びMMVが設定する予防治療薬としてリード化合物最適化段階に進む条件を満たし、in vivo病態モデルでの効果を示す化合物を少なくとも1つ創製することを目指します。

 

プロジェクト・デザイン

このプロジェクトは、2020年9月に終了する現行のリード化合物創出プログラム(H2018-101)の後継です。新しいフェーズにおいては、プロジェクトチームは、さらなる構造最適化を行います。毒性の指標となる細胞障害性の評価を行い、物理化学的性質、安定性そして薬物代謝指標も検討します。その後、有望な化合物についてげっ歯類における薬物動態試験を実施し、ヒトマラリアの評価モデルにおいて有効性を検証します。そしてGHIT 及びMMVが設定する基準を満たすリード化合物群を見出し、次のステップへ進むことを目標とします。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

マラリア撲滅には有効な新薬が不可欠です。ビル&メリンダ・ゲイツ財団と世界保健機関が支持するマラリア撲滅アジェンダにおいても、有効なワクチンがない現状においては、新薬の創出が患者数の拡大防止に必須であると言われています。残念ながら現在のパイプラインには、新規予防薬として利用可能なものがありません。MMVは広範なネットワークを駆使し、マラリアのコントロールにとどまらず根絶に繋がる次世代抗マラリア薬に必要な候補化合物プロファイルを設定しました(6)。武田薬品、MMVそしてGHIT Fundによる本共同研究プロジェクトでは、感染地域における再感染を予防する効果を有する化合物の創出に取り組みます。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

PRSは臨床において検証されている標的ですが、現在のところPRS阻害作用を有するもので抗マラリア薬は存在しません(7)。PRS阻害薬は赤血球期と肝臓休眠期に対する有効性を備えており、MMVの研究開発戦略の未充足部分を埋めると期待されています。今後検討される化合物の中でGHIT FundおよびMMVが設定した基準(8)を満たし、かつその時点でMMVが実施している他のプロジェクトと差別化された化合物、すなわち類似薬のない革新的なリード化合物のみが次のステージに移行します。

各パートナーの役割と責任

プロジェクトチームは武田薬品とMMVの合成化学者と生物学の専門家から構成され、武田薬品が本プロジェクトを主導します。武田薬品の役割はMMVの専門家と協力して、ヒット化合物シリーズのプロファイリング、医薬品合成化学の方針、および精査試験に進める化合物の選択に対して科学的なアドバイスを提供することです。また武田薬品は医薬品の研究開発に対するこれまでの知見を活かして、薬物動態、物理化学的プロファイルそして安全性薬理に対してもアドバイスを行います。MMVは本プロジェクトに対して戦略的なインプット、薬物探索およびマラリア研究の専門性を提供します。

他(参考文献、引用文献など)

(1) World Health Organization (WHO). WORLD MALARIA REPORT 2019. (2019). ISBN: 978-92-4-156572-1

(2) Wells, T. N. C., Huijsduijnen, R. H. Van, Voorhis, W. C. Van, van Huijsduijnen, R. H. & Van Voorhis, W. C. Malaria medicines : a glass half full ? Nat. Rev. Drug Discov. 14, 424–442 (2016).

(3) Meister, S. et al. Imaging of Plasmodium liver stages to drive next-generation antimalarial drug discovery. Science 334, 1372–7 (2011).

(4) Duffy, S. & Avery, V. M. Development and optimization of a novel 384-well anti-malarial imaging assay validated for high-throughput screening. Am. J. Trop. Med. Hyg. 86, 84–92 (2012).

(5) Lucantoni, L. & Avery, V. Whole-cell in vitro screening for gametocytocidal compounds. Future Med. Chem. 4, 2337–2360 (2012).

(6) Burrows, J. N., Duparc, S., Gutteridge, W. E., van Huijsduijnen, R. H., Kaszubska, W., Macintyre, F., Mazzuri, S., Möhrle, J. J. & Wells, T. N. C. New developments in anti-malarial target candidate amd product profiles. Malar. J. 16:26 (2017). DOI: 10.1186/s12936-016-1675-x

(7) Nyamai, D. W., Bishop, O. T. Identification of Selective Novel Hits against Plasmodium falciparum Prolyl tRNA Synthetase Active Site and a Predicted Allosteric Site Using In Silico Approaches Int. J. Mol. Sci. 21, 3803 (2020).

(8) Katsuno, K. et al. Hit and lead criteria in drug discovery for infectious diseases of the developing world. Nat. Rev. Drug Discov. 14, 751–8 (2015).

最終報告書

1.プロジェクトの目的

このプロジェクトでは、マラリア原虫のPRSの働きを強く阻害する化合物を見出し、2022年6月までにGHIT及びMMVが設定する予防治療薬としてリード化合物最適化段階に進む条件を満たし、in vivo病態モデルでの効果を示す化合物を少なくとも1つ創製することを目指しました。

 

2.プロジェクト・デザイン

このプロジェクトでは、前プロジェクトで見いだされた化合物群について、さらなる構造最適化によって化合物に「薬らしさ」を付与することに注力しました。毒性の指標となる細胞傷害性や、物理化学的性質や薬物代謝の各指標について検討しました。その後、有望な化合物についてヒトマラリアの評価モデルで有効性を検証することで、GHIT 及びMMVの基準を満たすリード化合物群を見出すことを目標としました。

 

3.プロジェクトの結果及び考察

H2020-101では、H2018-101で特定された先行化学シリーズの構造最適化に注力し、引き続きGHIT 及びMMVが設定する初期リード基準を満たす候補分子の創製を目指しました。H2018-101で同定されたMMV1796177は、ヒトのProlyl tRNA合成酵素は阻害せずにマラリア原虫のProlyl tRNA合成酵素に対して阻害活性を示す、非常に高い安全性を有する化合物であったため、MMV1796177の基本骨格を維持しながら、物理化学的特性、代謝安定性、細胞傷害性および体内薬物動態ADMET特性のバランスを最適化することに重点をおきました。その最適化過程で見出されたMMV1902882は、マラリア原虫の形質変換(生活環)における血液ステージにおいて、MMV1796177よりも強力なマラリア原虫増殖阻害作用を示したため、ヒトマラリア感染モデルマウスを使用し、6日間連続経口投与(100mg / kg, qd)の実験を実施したところ、コントロール実験対照群と比較して有意な抗マラリア活性が認められました。以上のことから、MMV1902882は、物理化学的特性及び薬物動態などが寄与する「薬らしさ」の観点からも、GHIT 及びMMVが設定する初期リード基準を満たしており、更なる構造最適化による新薬候補化合物の創出を指向し、プロジェクトチームは2023年4月開始のGHITのリード最適化プログラムに申請しました。