Investment

プロジェクト

顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)創薬ブースター III

イントロダクション/背景

イントロダクション

顧みられない熱帯病創薬ブースター(ブースター)は、98ヶ国の3億5,000万人に感染のリスクがあるリーシュマニア原虫が引き起こすリーシュマニア症、および、主に南北アメリカ大陸の7,000万人に感染のリスクがあり、ヨーロッパや北米、日本やオーストラリアでも患者が見られるクルーズトリパノソーマが引き起こすシャーガス病に対する新たな治療薬を見出すため、創薬のスピードアップとコスト削減を目指した試みとして2015年に開始されました。DNDiが主導するブースターコンソーシアムでは、ハイスループットスクリーニングにより各製薬パートナーの高品質なライブラリーを並行して探索し、最適化を行うヒット化合物を高速かつ効率的な方法で特定します。ブースターコンソーシアムは、GHIT Fundの投資による日本の4社(エーザイ株式会社、塩野義製薬株式会社、武田薬品工業株式会社、アステラス製薬株式会社)とアストラゼネカ、セルジーン、独メルクおよびアッヴィで構成されており、すべての化合物の効力試験は韓国のパスツール研究所で行っています。

 

プロジェクトの目的

ブースターIIIには、次の3つの目的があります。

目的1:リーシュマニア症およびシャーガス病に有効な新規化合物の発見:

リーシュマニア症およびシャーガス病を引き起こすドノバンリーシュマニアおよびクルーズトリパノソーマに対し、それぞれ少なくとも10個の有望なヒット化合物(群)を迅速に同定します。このプロセスでは、動物を用いた化合物最適化を目的とした試験やPOC試験の参考となる、広範かつ詳細な構造活性相関(SAR)情報を提供します。

 

目的2:これまでのブースターで得られたリード化合物の評価完了:

従来のブースターI & IIによって見いだされたヒット化合物群(7-8化合物群)が動物での薬効試験に進むための検討を完了し、そのうち少なくとも1つの化合物群が、リード化合物最適化プロセスに入る計画です(2018年第2四半期以前にリード化合物最適化に進んだ化合物群に加えて)。

 

目的3:ブースターの仕組みを標的ベースのin silico共同スクリーニングに応用するための検討

すでに確立されているリガンドベースのin silicoスクリーニングを用いたブースターのアプローチに加え、ブースターIIIで投入する新たなシード化合物のうち少なくとも1つは、ドノバンリーシュマニアおよび/もしくはクルーズトリパノソーマに関連すると考えられる分子標的に基づいてスクリーニングが実施される予定です。この手法が成功した場合、ブースターコンソーシアムによって導き出された化学的な成果は従来のブースターの手順と同様に、次の反復スクリーニングに引き継がれます。

 

プロジェクト・デザイン

今後2年間、ブースターIIIは少なくとも20回の反復スクリーニングを実施します。反復スクリーニングの1サイクルは、各製薬パートナーの「in silico」によるバーチャルスクリーニングと、それに続く標的原虫に対する効力試験から成り立っています。反復スクリーニングの起点となる化合物は以下の2種類を用います。

 

  • ドノバンリーシュマニアまたはクルーズトリパノソーマに対する効力を持つ少なくとも10種の新しいシード化合物(それぞれ1〜3回の反復を実施)
  • ブースターIIでの反復スクリーニング中に「改良ヒット」として同定された分子(2、3年目のブースター中に見出された化合物など)

 

最終的には、それぞれの原虫に対し1ないし2種の十分なin vivo活性を持ったヒット化合物群を見出すことが期待されています(ブースターIIにおいてリード化合物最適化に進んだこれまでのヒット化合物群を含む)。さらにブースターコンソーシアムはその手法を多様化し、これまでのリガンドベースではなく標的ベースでin silicoスクリーニングを行う可能性を検証します。このチャレンジにおいては、シード化合物を提供する代わりに、ドノバンリーシュマニアおよび/もしくはクルーズトリパノソーマに関連すると考えられる分子標的の情報を提供することになります。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

ブースターはリーシュマニア症またはシャーガス病の新たな治療薬開発のために、より効果的な創薬アプローチを提供します。

内臓リーシュマニア症の既存の治療薬は有効性が一定でない上に深刻な毒性を有しています。経口投与の治療薬は一つのみで、残りは苦痛を伴う静脈内あるいは筋肉内注射が必要です。さらに各流行地域で薬物作用の有効性が異なります。理想的には、有効性の維持または改善、忍容性の改善、および耐性の出現の回避または遅延を可能にし、使用地域を選ばない現地に適した簡便な短期間の経口併用療法が必要です。

シャーガス病の治療の選択肢はさらに少なく、感染者の1%以下しか診断および治療を受けることができていないと報告されています。唯一認知されている既存の単独療法は、長期間の治療を必要とする上に効果が一定でなく、深刻な副作用で20-30%が治療を中断します。そのため効果的で忍容性があり、経口投与で短期間の治療を可能にし、単独療法での耐性の発生リスクを減らすための併用療法の開発をも可能にする新しい薬剤クラスの治療薬が必要です。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

ブースターでは各製薬パートナーが集積する数百万の高品質で低分子の化合物コレクションを同時に探索し、標準化されたin vitroアッセイでそれらを迅速に試験し、化合物群の強固な構造活性相関(SAR)を構築できます。各製薬パートナーによるin silicoスクリーニングの異なる科学的アプローチの組み合わせにより、伝統的なヒット・トゥ・リードで合成される場合と比較して潜在的な原虫活性を有する化合物を、より広範かつ多様にスクリーニングできます。ブースターコンソーシアムはこれまでの2.5年間で複数の製薬パートナーによるin silicoスクリーニングがもたらす明確な利点を示すとともに、ヒット・トゥ・リードにおける創薬の可能性と開発パイプラインの拡大に大きく寄与しました。ブースターは従来行われていた近傍のケミカルスペースの探索に加え、ヒット化合物から得られた情報を基に母核の異なる化合物へ検討対象を拡大したり、複数の病原体に有効な化合物を同定したりすることを可能にしました。

各パートナーの役割と責任

武田薬品工業、塩野義製薬、エーザイ、およびアステラス製薬は、各シード化合物に対し、各社が保有する化合物ライブラリーをin silicoによりバーチャルスクリーニングします。その後、化合物プレートを準備・輸送し、DNDiのスクリーニングセンターで効力試験が行われます。また各製薬パートナーはDNDiに対し、ヒット化合物群の候補となった自社起源の化合物に関する内部情報を提供するとともに、反復スクリーニングから得られた結果を分析する際には知財に関する情報も提供します。

DNDiはプロジェクト全体の運営を管理するとともに、実績のあるスクリーニングセンターを介して化合物の試験を行い、スクリーニング結果に対して計算化学や創薬化学の観点から解析結果をまとめます。

最終報告書

1. プロジェクトの目的

DNDiが主導するブースターでは、シャーガス病・リーシュマニア症の創薬期間の短縮と費用削減を目指し、エーザイ、塩野義製薬、武田薬品工業、アステラス製薬と海外4社が保有する化合物ライブラリーの同時探索を実施しました。ブースターⅢでは動物でのPoC評価の完了と、リード最適化に進む化合物の特定を目指しました。

 

2. プロジェクト・デザイン

ブースターでは本来、新たなヒット化合物群の特定と最適化のための誘導体合成を並行して進めていましたが、GHITエキスパート・パネルの助言を受け、ブースターⅢの2年目はシード化合物もしくは分子標的に対するスクリーニングを中断し、動物でのPoCの検証に成功した3種のヒット化合物群のうち、最も有望な2種の評価に注力しました。

 

3. プロジェクトの結果及び考察

反復スクリーニングが完了した22種のシード化合物のうち、13種でヒット化合物群を特定し、そのうち7種でリーシュマニア症、および/もしくはシャーガス病の動物でのPoC試験に繋がる有望な化合物群の特定に成功しました。

3種のヒット化合物群は動物でのPoCの検証に成功したものの、そのうち2種はin vitroでの最適化にも関わらず、忍容性の問題や動物試験での有効性が十分ではなく、リード最適化への進行は相応しくないと判断されました。

3種目の化合物群では、マウスおよびハムスターに対する十分な曝露と、L. infantumへの高いin vitro活性を有する2種のリード化合物を特定しました。その後、両リード化合物をマウスのL. infantum感染モデルで1日2回、5日間投与し、良好な有効性を確認しました。うち一方の化合物では、ハムスターの感染モデルにおいても良好な有効性が示されました。初期のin vitro毒性およびADME (吸収・分布・代謝・排泄) の評価では、両化合物群のリード最適化への進行を妨げる要因は見つかっておらず、2020年第2四半期にリード最適化に進むことを計画しています。

上述の成功に加え、本プロジェクトを通し、複数のパートナーが参画するコンソーシアムの創薬早期における重要性に関し多くの知見を得ることができました。ヒット化合物群の特定に繋がるシード化合物の選択に関する知見や全パートナーが基礎研究段階で協力する強みを最大化する方策を学びました。また分子標的ベースの共同スクリーニングなど、ブースターコンソーシアムの応用に関する検討と試行を進めました。これら考察は査読付き学術誌において近日中に公表する予定です。