Investment

プロジェクト

新規作用機序を有し多段階の生活環において効果を示す抗マラリア薬の開発

イントロダクション/背景

イントロダクション

多くのヒトを死に至らしめる熱帯熱マラリア原虫に、薬が効かない耐性株が現れており、 マラリアの治療や制圧への大きな課題になっています。そのため、薬剤耐性株にも効果 がある、新たな化合物を見出すことが必要です。また、マラリアの予防や伝播を防止す る薬も、感染の流行を抑え、感染リスクの高い人々を守るために必要です。しかし、マ ラリアの標準治療法は原虫の生活環全般には対応しておらず、全生活環に効く薬が必要 とされています。ブロード研究所は、エーザイと共同で、マラリア原虫の細胞質性フェ ニルアラニン tRNA 合成酵素 PfcPheRS を作用標的とする新規作用機序(Nature, doi:10.1038/nature19804)の化合物を見出しました。これら化合物は、ユニークな 2 環性 アゼチジン構㐀を有し、血中型、肝型、伝播型の生活環全般におけるマラリア原虫に対して、試験管内および動物感染モデルで強い活性を示します。

 

プロジェクトの目的

2014 年に GHIT から助成を受けたプロジェクト(G2014-107)では、マウスマラリア感 染モデルで素晴らしい効果を示す複数の化合物を見出し、安全性の懸念も特定しました。 本プロジェクトにおいては、前プロジェクトの進行の中で獲得してきた化学や生物学の 知識を活用して、galい殺原虫作用、薬剤耐性株に対する高い活性、予防効果と伝播阻止 効果を含む、非常に望まれる治療プロファイルを示す、改良された化合物を見出すこと をめざします。本プロジェクトの目的は、Medicines for Malaria Venture (MMV)が設定す る望まれる製品像 target product profile の一つに合致するリード最適化候補化合物を得るよう、化合物の安全性プロファイルを改善することです。

 

プロジェクト・デザイン

本プロジェクトは、MMV が設定する target product profile の一つに合致するリード最適 化候補化合物を得るよう、新規の抗マラリア薬構㐀である 2 環性アゼチジンの安全性プ 6 ロファイルを最適化できるようデザインされています。探索的な安全性研究によって、 その後に合成展開した化合物の中で、毒性が低くなった病理所見を示すものが見出され ました。本プロジェクトでの我々の研究目的には、1)今後合成される化合物の PfcPheRS とヒトのフェニルアラニン tRNA 合成酵素 hcPheRS に対する選択性や PfcPheRS と化合 物との X 線共結晶構㐀を解析し、2)動物感染モデルでの効果は維持したまま、より高い PfcPheRS 選択性や安全性を有する新しい類縁化合物をデザインし、合成することが含まれます。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

近年、マラリアによる死亡率は減少してきましたが、未だに年間 212 百万人以上の新た な感染者が発生しています。2015 年にはマラリアが原因で約 429 千人が亡くなり、その 約 70%は 5 歳以下の子供です。罹患率や死亡率をさらに減少させるためには、蚊の制御、 有効なワクチン、薬剤耐性原虫や伝播、休眠期の原虫にも作用する新しい化学療法の開 発など多様な取り組みが求められます。MMV では、単回投与による治療法と予防法 (SERCaP: single exposure radical cure and prophylaxis)の開発を提案しており、目指す薬剤 像(TPP: target product profile)として、血液期の原虫の迅galな除去、伝播防止、肝臓の休眠 期での作用を挙げています。我々の候補化合物は、MMV の少なくとも一つの TPP に合 致し、伝播期と肝臓期の原虫に対しても活性を示すことが想定されることから、患者様に対する重要な利便性の提供が期待されています。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

これまでのマラリア根絶戦略は、ヒトに対して最も致死的な作用を示す熱帯熱マラリア 原虫の複雑な生活環および耐性株の出現によって十分な効果が挙がりませんでした。現 在の抗マラリア薬の多くは、赤血球の中で寄生、増殖する血液期の原虫に作用します。 肝臓期や伝播期の原虫はマラリア症状を起こすことはありませんが、予防薬や伝播阻止 薬は、病気の流行の事前防止や感染しやすい集団の保護に必須です。残念ながら、現在 の抗マラリア薬は、原虫の全ての生活環において活性を示すという医療現場の要求を満 たしていません。我々のユニークな 2 環性アゼチジン化合物は、血液、肝臓、伝播期の 熱帯熱マラリア原虫に対して新規作用機序(PfcPheRS 阻害)により、試験管内および動物感染モデルにおいて強力な活性を示します。

各パートナーの役割と責任

ブロード研究所は、本プロジェクトの開発パートナーです。改善された選択性及び安全 性プロファイルを有する開発候補化合物を特定する最適化研究を主導します。 エーザイは、薬物動態試験や安全性試験を実施し、リード候補化合物の指定に必要な全 ての安全性試験を主導します。 MMV は、熱帯熱マラリア感染モデルを用いた評価実験、活性プロファイリングおよび hcPheRS と PfcPheRS の選択性の生化学的検討を実施し、化合物とPfcPheRSとのX 線共結晶構㐀解析に取り組みます。

他(参考文献、引用文献など)

Nature, doi: 10.1038/nature19804

最終報告書

1. プロジェクトの目的

ブロード研究所の多様性志向ライブラリーから見出された二環性アゼチジン化合物群は、フェニルアラニン合成酵素を阻害することでマラリア原虫のヒトでの生活環全てに作用します。すでにマウスモデルで優れた活性を示す化合物が創出されており、今回はMMVの設定した目指す薬剤像を達成すべく安全性の向上を目指しました。

 

2. プロジェクト・デザイン

本プロジェクトでは、(1)化合物の選択性および、熱帯熱マラリア原虫とヒトのフェニルアラニン合成酵素(cPheRS)との複合結晶立体構造を明らかにすることと、(2)マラリア原虫cPheRSに高い選択性を有し、安全性とin vivo活性を両立した化合物をデザインすることを目的としました。

 

3. プロジェクトの結果及び考察

我々は本プロジェクトでアゼチジン化合物が原虫cPheRSに結合して阻害し、ヒトcPheRSと比較して1000倍以上の選択性を有することを示しました。また、マラリア原虫cPheRSとの共結晶構造の解読に成功しました(Nat. Commun. 2021, 12, 343)。この構造解析により、アゼチジン化合物がcPheRSに対して既知のtRNA合成酵素阻害剤とは異なる結合様式を示すことを明らかにし、多様性志向ライブラリーが新規作用機序の発見に有用であることを示しました。次いで我々は良好な薬効および物理化学的特性、薬物動態、安全性を示す候補化合物群を見出しました。これらの化合物の主要パラメーターは初期リード化合物から大幅に向上しており、クロマトグラフィー手法を回避することで製造コストを低減させた合成法も構築しました。さらに、残る懸念を今後精査するための実験法についても構築しております。本プロジェクトの成果により、これらの化合物、あるいはこの作用機序は、新規作用機序による即効性かつ原虫の複数の生活環に作用するマラリア治療薬という重要なニーズを満たすことが示されました。