Investment

プロジェクト

マラリアエリミネーションを加速するための流行地サーベイランス用バイオマーカーの開発

イントロダクション/背景

三日熱マラリアは、アジア太平洋地域や中南米で流行しているマラリアです。アフリカで流行している熱帯熱マラリアとは異なり、肝臓内で発育を停止して肝内休眠型になることが特徴です。通常の治療薬は肝内休眠型には効果がありません。そのため治療を受けた後も、何ヶ月間も症状を起こさずに肝臓に潜んでいます。そして何らかのきっかけで眠りから覚めると、再びマラリアの症状を引き起こすため、三日熱マラリアの対策は困難を極めています。現在の技術では肝内休眠型の感染の有無を診断できないため、多くの無症状三日熱マラリア原虫保有者が見過ごされています。したがって、現行の症状のある患者の治療だけでは有効な対策とはいえません。そこで、三日熱マラリア感染の既往がわかるサーベイランスキットがあれば、肝内休眠型保有者を見つけられるため、三日熱マラリアの局地的根絶、つまりエリミネーションを加速できると考えられます。

 

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

アジア太平洋地域の国々は、2030年までにマラリアを無くすることを目標にしています。流行地はやがて分断化され流行ホットスポットが残るでしょう。本プロジェクトは、マラリアエリミネーションにおける上記の課題を以下の2つの方法で解決します。1)このキットは集団レベルでのマラリア対策の推進に有用です。すなわち、流行ホットスポットに対して集中的に対策をたてることができるため、対策の効率化につながります。2)無症状の肝内休眠型保有者に対する現在の治療としては、無差別的に服薬治療を行うしかありません。このキットで無症状の肝内休眠型保有者を検出し、その人だけ治療すれば、服薬対象者を80-90%減少させることができます。これによってマラリア対策を簡便、安全、かつ社会的にも受け入れ可能にできます。以上のように、このキットは集団レベルでも個人レベルでも三日熱マラリアのないアジア太平洋地域の実現に必須の役割を果たすことが期待できます。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

現在の三日熱マラリア感染のみならず感染既往者、さらに肝内休眠型原虫保有者が診断できるサーベイランスキットの開発を目指す本プロジェクトは、これまでのマラリア診断の常識を覆すコンセプトです。さらに革新的な点は、1)その有用性の検証に、4つの異なるマラリア流行国における、様々な年齢層のマラリア患者を追跡調査して得られた大規模な経時的血清試料を用いること。2)個別のマラリアタンパク質に対する抗原抗体反応のみならず、複数の抗原に対する抗体反応の組み合わせも総合的に解析してサーベイランスキットに使用するマラリアタンパク質を選定することです。

各パートナーの役割と責任

愛媛大学プロテオサイエンスセンターは、三日熱マラリア肝内休眠型のサーベイランスキットに使用することができる抗原を同定するために、大規模なタンパク質をカバーする大腸菌発現タンパク質マイクロアレイを用いて選択した40種類の抗原を、より高品質のマラリアタンパク質が発現出来るコムギ胚芽無細胞タンパク質合成系を用いて合成し、タイとブラジルから得られた三日熱マラリア原虫感染者血清を中の抗体価をハイスループットスクリーニングします。これまでに得られているコムギ胚芽無細胞タンパク質合成系で合成された308種類のタンパク質のスクリーニング結果と併せて、最終的に24種類の候補抗原に絞り込みます。そのタンパク質の大量発現用に、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成用発現ベクターを作製します。

 

株式会社セルフリーサイエンス(CFS)は、愛媛大学プロテオサイエンスセンターで作製した発現ベクターを用いて24種類の候補抗原とコントロールタンパク質をそれぞれ1〜2mgのスケールで合成し、WEHIにおける検証実験に用います。

 

Walter and Eliza Hall Institute of Medical Research (WEHI)は、全体のプロジェクトの総括と運営を行います。さらに、愛媛大学で実施したハイスループットスクリーニングのビッグデータを統計解析し、候補抗原の選択を行います。また最終的に選択されCFSで大量合成された24種類の抗原が、最近かつ無症候性の三日熱マラリア原虫の感染を効率よく検出することができるバイオマーカーなのかどうか、三日熱マラリア流行地であるタイ、ブラジル、パプアニューギニア(PNG)、ソロモン諸島の大規模な患者追跡調査で得られた血清試料を使用して検証します。

 

FINDは、これまでに蓄積された新しい診断法開発における豊富なノウハウを活かして、本プロジェクトの目指す、マラリア流行地の現場で使用でき最近の感染が検出できる三日熱マラリアサーベイランスキットの実用化に向けて貢献します。FINDは、関係諸機関ならびに三日熱マラリア専門家で構成される外部委員会を組織して、流行地の現場で使用できる性能や仕様等、最終製品プロファイルを作成するために議論します。同時に、この最終製品プロファイルに見合うサーベイランスキットの開発に向けて、基盤技術の状況調査やマーケットリサーチも行います。

 

 

 

 

 

最終報告書

1.プロジェクトの目的

三日熱マラリアはアジア太平洋や中南米で流行している。肝臓で発育を停止して肝内休眠型になり何ヶ月間も再発するが、休眠型の診断ができずマラリアエリミネーションの障害となっている。本プロジェクトでは、三日熱マラリアの既往を検出できる抗原を同定し、肝内休眠型保有者のバイオマーカーとすることを目的に実施した。

 

2.プロジェクト・デザイン

コムギ無細胞法で合成した高品質三日熱マラリアタンパク質と磁気ビーズ高感度測定を用いて候補抗原を同定した。次に、過去9ヶ月間の感染を検出する感度と特異性を、タイ、ブラジル及びソロモン諸島の患者追跡で得られた血清を用いて解析した。また、流行地で使用できる性能を持つ抗体測定技術の状況調査を行った。

 

3.プロジェクトの結果及び考察

研究開始時に同定されていた55種の三日熱マラリア抗原の内、41種類は大量合成ができ最終的に40種が高感度測定に使用可能であった。それに加えて、既知の13種類のワクチン候補抗原及び12種類の高抗原性タンパク質、合計65種類に対する抗体価の推移を、タイ、ブラジル及びソロモン諸島の患者追跡で得られた2,500名以上の血清を用いて測定した。多くの抗原に対する抗体価は感染後経時的に減衰し、9ヶ月未満の感染既往者はそれ以前の感染既往者または非感染者と比べて有意に抗体価が高かった。最近の感染既往を予測できる有望な候補がいくつか見出されたが、抗体価の個人差が大きかったため1つの抗原だけで予測することは不可能であった。そこで予測精度の向上を目指して複数の抗原を組合せて解析したところ、5種類の抗原の組み合わせで予測精度が最大となることが判明した。

 

専門家の協力により2種類のTPPを作成することができた。TPP1は休眠型保有者を見出して治療するためのもの、TPP2は感染状況のサーベイランスに用いるものである。最適化した5種類の抗原の組合せを用いると、いずれのTPPにおいても大変有望な予測精度を示した。したがって、三日熱マラリアの既往を検出し、肝内休眠型保有者を予測できる検出キットを開発することは技術的には可能と判断した。そこで今後のキット開発に向けて、最も有望な抗原を12種類まで絞り込み、次の段階に進めることにした。

 

抗体価測定用の製品及びその技術の状況調査を行った。その結果、複数の有望な技術を見出した。中には、TPP1で要求される流行地の現場で使用できる厳しい条件を満たすものもあった。今後詳細にこれらの開発可能性を検討する。

 

以上のように、本プロジェクトで得られたデータならびに技術調査の結果から、三日熱マラリアの既往を検出し、肝内休眠型保有者を予測できる新しい検出キットの開発を進めることにした。