Investment

プロジェクト

日本住血吸虫症を高感度特異的に診断するポイント・オブ・ケア・テストの開発
  • 受領年
    2014
  • 投資金額
    ¥77,903,630
  • 病気
    NTD (Schistosomiasis)
  • 対象
    Diagnostic
  • 開発段階
    Development Feasibility
  • パートナー
    東京大学大学院農学生命科学研究科 ,  InBiosインターナショナル ,  フィリピン大学 ,  帯広畜産大学原虫病研究センター

イントロダクション/背景

日本住血吸虫症はアジア地域で流行する人獣共通感染症で、世界保健機関はこの感染症を顧みられない熱帯感染症に指定して、そのコントロールを推進しています。中国では5000万人、フィリピンでも250万人がこの寄生虫病の感染リスクの下に日々の生活を営んでいます。これらの国では、浸淫地域の住民に治療薬(プラジカンテル)を集団投薬(MDA)して、その後に治療効果を評価することで、病気の流行を食い止めようとしています。しかしながら、この効果判定で要となる糞便検査(寄生虫卵検査)の感度が低く、これに代わる高感度検査法の開発が待たれています。

 

帯広畜産大学ではこれまでに、日本住血吸虫症の診断に高感度・高特異性を示す寄生虫抗原を同定し、組換え体抗原を用いた血清検査(寄生虫抗体検査)を開発しています。このプロジェクトではこれら既往の成果を活用して、日本住血吸虫症を現場で即時に正しく診断するポイント・オブ・ケア・テスト(POCT)を開発する研究を行います。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

世界保健機関は、西暦2020年を目途に、住血吸虫症を全世界から撲滅する目標を掲げています。MDAによって住血吸虫症の患者数は漸減していますが、この対策を効率的に推し進めるためには、投薬の効果を正確に評価する検査法の開発が不可欠となります。本プロジェクトでは使用が簡単で、特別な装置を必要としないPOCTの開発を目指します。このPOCTは、誤診が多くまた不評であった糞便検査から住民を解放します。

 

開発にあたって私たちは有用な寄生虫抗原を同定して、それらを用いて住血吸虫症患者の血液中に存在する抗体を検出する診断キットを作製します。帯広畜産大学は、これまでに数多くの家畜感染症についてPOCTの開発研究を実施しています。東京大学は、各種寄生虫の抗原探索に豊富な経験を有します。フィリピン大学は、国内に住血吸虫症の研究フィールドを多数確立しています。またIn Biosインターナショナルは、各種感染症検査キットの製品開発で多くの実績を重ねています。このように私達は、日本住血吸虫症診断用POCTの開発に最適のコンソーシアムです。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

私達のプロジェクトでは、高い技術力と豊富な経験を有する産学パートナーシップによる日本住血吸虫症診断用POCTの開発を目指します。プロジェクトでは、POCTに初めて高感度組換え体抗原を応用することで、これまでの粗抗原を応用したテストに比較して、検査法の感度と特異性を著しく改善します。有用な抗原を同定するにあたって、私たちは従来の方法と異なり、病原体のゲノム情報をもとにコンピューター解析によって病原体に特有の候補分子を探索する手法をとっています。これまでに本手法を用いて感度・特異性の両方に優れた抗原の同定に成功しており、本プロジェクトではさらなる向上を目指して候補分子の探索を行います。私達が開発を目指す診断テストは、指先から採取した一滴の血液から住血吸虫症を感度良く迅速かつ正確に診断する革新的な技術となります。

各パートナーの役割と責任

帯広畜産大学原虫病研究センター(NRCPD)では、国際獣疫事務局(OIE)認定コラボレーティングセンターとして、種々の寄生虫病を対象とした研究をおこなっている。このなかで、河津博士の研究グループは、ヒトと動物の日本住血吸虫症を診断する手法の開発研究に取り組んでいる。同研究グループは、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT)プロジェクトにおける国際共同研究グループのリーダーとしてパートナー間の調整をおこなうとともに、組換え体抗原やテストユニット試作品の性能評価をおこなうなど、ポイント・オブ・ケア・テスト開発研究の中核にもなる。

 

大学院農学生命科学研究科 東京大学は日本を代表するトップスクールである。後藤博士は、以前より寄生虫ゲノムデータベースからの診断用抗原分子の探索研究に取り組み、この分野では先駆的な立場に有り、また卓越した知識と経験を有している。後藤博士の研究グループは、反復配列を有する分子を標的とする抗原探索の手法を用いて、これまでに、日本住血吸虫症に加えて、リーシュマニア症、シャーガス病、アフリカ睡眠病の診断に有用な新規抗原の同定に成功している。GHITプロジェクトにおける同研究グループの役割は、日本住血吸虫症の診断に有用な新規抗原の探索と、それを応用したキメラ抗原のデザインと開発になる。

 

フィリピン大学マニラ校公衆衛生学部は、フィリピンにおける公衆衛生学の最高学府である。レオナルド博士は、フィリピンを代表する日本住血吸虫症研究者の一人である。レオナルド博士の研究グループは、フィリピンにおける種々の日本住血吸虫症研究プロジェクトに参画し、研究室でのベンチワークと現場でのフィールドワークの双方から、これらプロジェクトに貢献している。GHITプロジェクトにおける同研究グループの役割は、ポイント・オブ・ケア・テスト試作品の性能評価を目的とした、フィリピンにおけるフィールドワークの企画と調整になる。レオナルド博士は、これまでの研究活動を通じて、フィリピン保健省との間に、このフィールドワークへの現地医療関係者の動員に必須となる、堅実な協力関係を構築している。

 

米国インバイオス(InBios)インターナショナルは、独自の試薬や技術を基盤として、感染症診断薬の開発、製造ならびに販売に特化した設立20年の企業である。同社は、これまでに、内蔵型リーシュマニア症、皮膚リーシュマニア症、シャーガス病、日本住血吸虫症、など種々の顧みられない熱帯病を対象として、安価で高品質な診断薬の開発研究に貢献している。同社の施設は米国医薬品適正製造基準(cGMP)に準拠した米国食品医薬品局(FDA)登録施設であり、FDAの品質システム規制に準じた製品の製造が可能となる。GHITプロジェクトにおける同研究グループの役割は、ポイント・オブ・ケア・テスト試作品の製造になる。

他(参考文献、引用文献など)

1. World Health Organization, 2012. Accelerating work to overcome the global impact of neglected tropical diseases; a roadmap for implementation. Geneva, 2012

2. London Declaration on Neglected Tropical Diseases, www.UnitingToCombatNTDs.org

3. Angeles JM, Goto Y, Kirinoki M, Leonardo L, Tongol-Rivera P, Villacorte E, Inoue N, Chigusa Y, Kawazu S. Human antibody response to thioredoxin peroxidase-1 and tandem repeat proteins as immunodiagnostic antigen candidates for Schistosoma japonicum infection. American Journal of Tropical Medicine and Hygiene 2011, 85(4):674–679.

最終報告書

1. プロジェクトの目的

日本住血吸虫症はアジア地域で流行する、顧みられない熱帯感染症です。流行地域の住民への治療薬の集団投与を効率的に推し進めるため、投薬の効果を正確に評価する検査法の開発が待たれています。このプロジェクトでは日本住血吸虫症を現場で即時に正しく診断するポイント・オブ・ケア・テスト(POCT)を開発する研究を行います。

 

2. プロジェクト・デザイン

マイルストーン1では、ELISA法で70%以上の患者血清を陽性と判定できる(感度が70%以上の)組換え体抗原を5つ以上作製します。マイルストーン2では、感度が90%以上の組換え体抗原を、複数の分子を融合した抗原も含めて、3つ以上作製します。マイルストーン3と4では、感度が90%以上のPOCT試作品の開発を目指します。

 

3.プロジェクトの結果及び考察

マイルストーン1では、ELISA法で70%以上の患者血清(顕微鏡検査もしくは遺伝子検査で糞便中に寄生虫の虫卵が検出された患者の血清)を陽性と判定できる(感度が70%以上の)組換え体抗原、単一の抗原3種類と融合抗原2種類、合計5つを開発いたしました。このうち単一抗原2種類では、マイルストーン2の目標であった、感度90%以上を達成することができました。マイルストーン2では、3種類の融合抗原を作製し、うち1つの融合抗原で感度90%以上を達成いたしました。また、他の1種類も90%に近い高い感度を示しました。結果として、これら4種類の組換え体抗原、単一抗原2種類と融合抗原2種類、をマイルストーン3および4で評価することにいたしました。これらの抗原を用いて作製した幾つかのタイプのPOCT試作品の性能を既存の患者血清26検体を用いて評価したところ、日本住血吸虫のチオレドキシンペルオキシダーゼ(SjTPx-1)の組換え体蛋白質を単一抗原として用いて患者のIgG抗体を検出する試作品で、最も良い成績が得られました。この試作品では、うち19検体を陽性と判定することができました。このときの感度は73%でありました。この試作品を、新たにフィリピンの流行地で採取した患者血清29検体を対象に評価したところ、9検体のみが陽性と判定されました。このときの感度は31%でありました。結果、マイルストーン3および4で開発を試みたPOCT試作品の感度は、約50%に留まりました。これは、後者の評価がこの寄生虫病の有病率が低い地域を対象に行われたことで、患者での抗体価が相対的に低く、POCTでの抗体の検出が難しかったためと考察いたしました。これらを踏まえて、現在私達は、検査に用いる血清量や抗原の濃度などの試薬条件の再検討、さらには、SjTPx-1ベースの融合抗原の導入など、様々な方向性から、POCT試作品の改良を進めているところであります。