Investment

プロジェクト

栄研シャーガスLAMP法の臨床応用試験:先天性シャーガス病(経胎盤感染)新生児の早期治療のための簡便診断法(ポイントオブケア試験)の実用化に向けて
  • 受領年
    2020
  • 投資金額
    ¥147,127,368
  • 病気
    NTD (Chagas disease)
  • 対象
    Diagnostic
  • 開発段階
    Product Validation
  • パートナー
    栄研化学株式会社 ,  長崎大学 ,  Fundacion Mundo Sano ,  Ciencia y Estudios Aplicados Para el Desarrollo en Salud y Medio Ambiente (CEADES) ,  Centro para el Desarrollo de Investigación Científica (CEDIC) ,  Instituto de Investigaciones en Ingeniería Genética y Biología Molecular (CONICET-INGEBI) ,  AI Biosciences Inc. ,  Barcelona Institute for Global Health (ISGLOBAL)

イントロダクション/背景

イントロダクション

シャーガス病は、トリパノソーマ原虫(Trypanosoma cruzi)という寄生虫の感染症で、中南米を中心に約700万人が罹患しています。サシガメという吸血性の昆虫が媒介し、流行地域では幼少期に感染しほぼすべてが慢性感染に移行します。治療薬は急性期には著効するものの、一旦慢性期に入ると完治は非常に難しく、多数の慢性シャーガス患者が存在し、成人後心不全や巨大結腸症といった特有の合併症で死亡する例が見られます。近年では殺虫剤による対策が進み、昆虫による新規の自然感染は減少傾向ですが、慢性シャーガス病の母親から胎盤を介して垂直感染する先天性シャーガス病は、依然として主要な公衆衛生上の課題となっています。治療薬のベンズニダゾールは、感染新生児に早期投与すれば治癒率が非常に高く、出生早期の診断が不可欠です。しかし、従来の顕微鏡診断では感度が低く、たとえ陰性でも数ヶ月後に抗体検査で陽性になることもあります。また人々は遠隔地に住んでいるため、たとえ感染が後日確認されたとしても、感染乳児が治療のために病院に戻ってくることはほとんどありません。

先天性シャーガス病の出生時の診断には高感度のPCR検査が推奨されますが、本研究では、PCRに匹敵し、その場で結果のわかる適切で簡便な診断法(ポイントオブケア試験)の実用化を目的として、栄研化学シャーガスLAMP(loop-mediated isothermal amplification)法のプロトタイプ試薬を現場で検証します。

 

プロジェクトの目的

本プロジェクトの目的は、1)先天性シャーガス病の出生時迅速診断のための (ポイントオブケア試験)として 栄研シャーガスLAMP法 を実施するための最適な DNA 分離法の評価、2)アルゼンチン、ボリビア、パラグアイのシャーガス病流行地域の産科病院での実用性評価、3)慢性シャーガス病を検出するための従来の酵素結合免疫吸着法(ELISA)に代わる迅速診断検査(RDT)の広い地域で検証、4)病気に対する認識を高め、新たな診断薬の使用を促進するための教育とアドボカシー活動を行うことの4つの項目となります。

 

プロジェクト・デザイン

アルゼンチン、ボリビア、パラグアイの慢性シャーガス病の妊産婦を対象とします。登録された新生児は、出生時と数ヶ月後の末梢血中の寄生虫の存在を2回の顕微鏡検査で観察し、生後9ヶ月以降は血清学的検査を行います(従来のプログラム)。この際の各時期の全血検体を採取します。この臨床研究と並行して栄研シャーガスLAMP法に必要な血液中のDNAを精製するための2つの技術である、AI Biosciences社の低コスト3Dプリンタープラットフォームと栄研PURE (Procedure for Ultra Rapid Extraction)システムについて、性能や操作性などのパラメータを考慮していずれかを選定します。本計画では調査地域における有病率と平均垂直伝播率を参考に、約16,000人の女性(平均有病率17.2%)を対象に陽性者を選別し、新生児(約2,800人)を登録することになります。2年目には乳児の追跡調査を行い、栄研シャーガスLAMP検査を実施し、現行の先天性シャーガス診断プログラムに加えて、標準的なqPCRの技術とも比較検討します。

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

シャーガス病はラテンアメリカの 21 カ国に蔓延しており、アメリカ大陸の他のどの寄生虫疾患よりも障害調整生存年数(DALY)の負担が大きくなっています。世界中で 700 万人が感染していると推定されていますが、診断ツールの不備などから、世界的な感染率や罹患率の報告はほとんどありません(顧みられない熱帯病)。シャーガス病の母子感染は、「昆虫による自然感染や輸血による感染を完全にコントロールしたとしても、新生児への継続的な感染源となっている」と考えられています。PAHOWHO)によると、推定112万人の出産可能年齢の女性が感染しており、毎年約9,000人の感染児が誕生しており、この地域での新規感染者数の20%以上を占めています。母体と新生児の早期診断を可能にする高感度で特異的な診断法の検証は、新生児の治療効率を高め、広域に持続する慢性感染症の健康被害を抑制することに貢献すると考えられます。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

このプロジェクトは、8つの介入施設のそれぞれが診断テストの検証センターとしての役割を果たすと同時に、地域参加の中心としても機能するように、統合的なプロセスとして設計されています。このプロセスの過程で、妊婦と新生児の簡便で信頼性の高い診断のための改良されたアルゴリズムを検証し、実施することになります。妊婦のスクリーニングのためのRDTを検証し、栄研シャーガスLAMP法を産科病院に普及させるための実証試験を成功させることは、2つの大きなブレイクスルーとなります。一つは流行地域でのRDTによる感染母親の迅速診断は、出産時に母親が慢性的な感染状況を自覚するのに役立ちます。またもう一つは、これまで新生児の場合、先天性感染を検出するのに通常、血清学的確認に数ヶ月を要するため、追跡調査までに病院に戻らないリスクが非常に高くなっていました。その場で迅速かつ正確な診断が可能なポイントオブケア試験が導入されれば、一人の患者も取り残さない、素晴らしいイノベーションとなります。

各パートナーの役割と責任

グローバルヘルス研究所ISGlobal(スペイン)は、本プロジェクトのコーディネートを担当し、データの管理・解析を行います。日本の栄研化学はシャーガスLAMP技術とPURE試薬を用いたDNA分離のノウハウを提供し、米国テキサスのAI Biosciences, Inc.は3Dプリンターを利用した低コストの核酸分離ステーションとしてのプラットフォームを提供します。アルゼンチンCONICET-INGEBI は、 シャーガスLAMPに最適な核酸分離技術を選択するための分析評価を行い、さらに現場への技術移転を行います。アルゼンチン、ボリビア、パラグアイでは、Fundacion Mundo Sano(アルゼンチン)、CEADES(ボリビア)、長崎大学、CEDIC(パラグアイ)がそれぞれ実施パートナーとなります。

他(参考文献、引用文献など)

Besuschio SA et al.ヒト血液サンプル中のトリパノソーマDNAの検出のためのループ媒介等温増幅(LAMP)キットプロトタイプの分析感度と特異性. PLoS Negl Trop Dis (2017) 11: e0005779.

Alonso-Padilla J, et al. ラテンアメリカにおけるシャーガス病患者の診断と治療へのアクセスを強化するための戦略。Expert Rev Anti Infect Ther (2019) 17(3):145-157.

Lozano D, et al. 慢性シャーガス病診断のためのRDTの有用性-ボリビアチャコ地域でのフィールド試験PLoS Negl Trop Dis (2019) 13: e0007877.

Besuschio SA et al. 先天性、急性シャーガス病再発検出のためのTrypanosoma cruzi loop-mediated isothermal amplification(Trypanosoma cruzi Loopamp)キット。PLoS Negl Trop Dis (2020) 14: e0008402.

Wehrendt DP他. ループ媒介等温増幅(LAMP)と結合した3DプリンタベースのDNA抽出法の開発と評価、風土病地域における先天性シャーガス病のポイントオブケア診断。J Mol Diagn (2020) S1525-1578(20)30615-2.

最終報告書

1.プロジェクトの目的

1)先天性シャーガス病の出生時迅速診断のためのPOCTとしてのChagas-LAMPに最適な抽出法の評価2)アルゼンチン、ボリビア、パラグアイのシャーガス病流行地域での実用性評価、3)迅速診断検査(RDT)の広域での検証4)シャーガス病に対する新たな診断薬の使用の促進、教育、アドボカシー活動

 

2.プロジェクト・デザイン

①母親の初回訪問時に慢性シャーガス病感染を検出するための血清学的検査(ELISAとRDT)を実施。② ①で陽性の母親から生まれた子供の母子垂直感染を検出するために現在の診断アルゴリズムをChagas-LAMPで代替可能か評価する。検体収集と分析は出生児毎に出生時、生後2ヵ月目と9ヵ月目の3回行う。

 

3.プロジェクトの結果及び考察

スクリーニングを実施した約7,500人の妊産婦の慢性 シャーガス病の平均有病率(ELISAでの抗体陽性者)は9.6%であり、国別のシャーガス病有病率はアルゼンチン:8.2%、パラグアイ:1.5%、ボリビア:13.6%であった。RDTの結果をELISAと比較検討したところ、非常に優れた特異性(Sp>0.99)を示した。しかし感度(Se)に関しては、ボリビアではSe=0.88と比較的高い感度を示したが、アルゼンチンでSe=0.49、パラグアイでSe=0.62と低く、課題を残した。

出生児の9か月に亘る縦断的観察研究に関しては、T. cruzi原虫に感染した女性から生まれた545人の子供の追跡調査を完了した。標準検査法の検査アルゴリズムでは、T. cruzi原虫に感染した子供23人が特定され、シャーガス病の母子垂直感染率は4.2%であった。従来の検査アルゴリズムでは、計2回(出生時、数ヵ月後)の顕微鏡検査と母体由来の抗体による偽陽性のリスクが低下した生後9ヵ月時点での血清学的検査を実施するため、複数回の検査を行う必要がある。しかし、今回の調査ではChagas-LAMPを2回(出生時と生後2ヵ月)行うだけで従来のアルゴリズムと同数の陽性が検出された。このことは、高感度な遺伝子増幅技術を用いたPOCTであるChagas-LAMPを用いれば、生後2か月で数ヵ月先の血清学的な検査を予測できることを意味している。また、LAMP法は高価で操作が複雑なPCR法(遺伝子検査の標準法)との一致率も非常に良好であった(κ=0.84)。さらにChagas-LAMPでは検体としてろ紙を用いた乾燥血液スポット(dried blood spots:DBS)を用いても全血の場合と同様の結果を示した(κ=1.00)。これは検査法の応用範囲のさらなる拡大につながるものと考えられる。

本研究で得られた有望な結果は、Chagas-LAMPの製品化に向けた研究開発の継続を後押しするものである。今後の課題としては、社会実装に向けて規制当局の要求に応えるための資金の確保とライセンスの取得、医療経済分析を行うと共にDBSを駆使して、他のラテンアメリカ諸国での導入可能性の検証を進めることが挙げられる。