Investment

プロジェクト

シャーガス病予防のための弱毒生ワクチンの創出、最適化ならびに前臨床試験 ~CRISPR/Cas によるCyp19遺伝子欠損クルーズ・トリパノソーマを用いて

イントロダクション/背景

イントロダクション

クルーズ・トリパノソーマTrypanosoma cruziがヒトに感染するとシャーガス病が引き起こされる。慢性感染ではおよそ 20-30% に心臓の線維化ならびに心筋症が認められ、南米における感染に起因する心不全の主な原因である。シャーガス病は、主として持続感染者の移住により南米以外でも増加しており、少なくとも米国で30万人、世界では 800-1100万人が感染している。米国では感染した媒介昆虫(サシガメ)による20歳以下のT. cruzi感染者が増加している。感染者の同定と治療は困難を伴う。僅か2種の既存薬であるnifurtimoxとbenznidazoleが治療に使用可能であるものの、宿主から虫体を完全に除去するには薬効が不十分であり、また顕著な副作用のために使用が難しい。したがってT. cruzi感染を予防可能な安全なワクチンと優れた治療法の開発が喫緊の課題である。我々はT. cruziのサイクロフィリン19 (Cyp19)*の生化学的・生物学的解明を展開する過程でCyp19欠損株を作成した。その結果、Cyp19はT. cruziの感染性と病原性に不可欠であり、同分子が同症治療に適応可能な小分子阻害剤の潜在的なターゲットになりうることを証明した。Cyp19欠損T. cruziは動物で病気を引き起こすことはなく、一方モデルマウスへの繰り返し接種は急性シャーガス病を完全にコントロールし、Cyp19欠損T. cruziが有望な弱毒生ワクチン株となりうることを実証した。

*Cyp19:タンパク質分子中のプロリン残基のシス・トランス異性化を触媒するペプチジルプロリルイソメラーゼ Peptidylprolylisomerase:略称PPIase)であり、異性化酵素(イソメラーゼ)の一種である。

 

プロジェクトの目的

本研究開発の最終的な目的はヒトや動物で使用可能なシャーガス病に対する安全で極めて有効な弱毒生ワクチンを開発することにある。本プロジェクトの具体的な目的は1) CRISPR/Cas9編集技術によるCyp19遺伝子欠損T. cruzi株の創出、ならびに同株の特徴・安定性・安全性・毒性の検証、2) 同ワクチン株による誘導される防御免疫を担うT・B細胞応答の解明、3) マウスでの急性・慢性シャーガス病の予防効果、その持続期間、多様な株に対する交差防御の実証、 4) 免疫不全宿主での安全性、5) 昆虫ベクターを介した伝播リスクの検証、にある。

 

プロジェクト・デザイン

本プロジェクトは以下に示す明確な目的に従ってデザインされる

目的 1: CRISPR/Cas9編集技術を用いたCyp19遺伝子欠損T. cruzi株の創出ならびに同株の特徴・安定性・安全性・毒性の検証

目的 2: 同ワクチン株によって誘導されるT・B細胞応答のプロファイリング、防御免疫の決定因子の解明を通したワクチン戦略の最適化

目的 3: 同ワクチン株によるマウスでの急性・慢性シャーガス病予防効果の検証、防御免疫の持続期間、および多様な株に対する交差防御能の検証

目的 4: 同ワクチン株のサシガメの中での生存・増殖能、およびサシガメと動物間での伝播能の検証

本プロジェクトによって、グローバルヘルスの課題はどのように解決されますか?

本プロジェクトの成功は中南米に蔓延するシャーガス病のワクチン開発に直結する。シャーガス病は同地域における心不全の主原因であるので、本ワクチンは同症に起因する有病率と死亡率の低下に寄与する。

本プロジェクトが革新的である点は何ですか?

予防ワクチンが現存しない寄生虫感染症に対してCRISPR/Cas技術を用いて遺伝子編集新規弱毒生ワクチンの開発と前臨床試験に取り組む点が革新的である。

各パートナーの役割と責任

McGwire博士 (オハイオ州立大学) はプロジェクト全体を統括し、規制当局による認可取得、法令遵守の確認、各パートナーへの予算配分、GHIT への進捗状況報告を行う。彼のラボはCRISPR/Cas9編集技術を用いたCyp19遺伝子欠損T. cruzi株の創出、マウスでの急性・慢性シャーガス病の予防効果、その持続期間、多様な株に対する交差防御の実証を行う。またSatoskar博士のラボと共にワクチン接種したマウスでの免疫応答を解析する。

Satoskar博士 (オハイオ州立大学) はMcGwire 博士によるプロジェクト統括を補佐し、ワクチンを接種したマウスでの免疫応答を解析すると共に感染実験を補完する。

濱野博士 (長崎大学) はワクチン株と野生株の日本への輸入許可を取得し、免疫不全マウスを用いた安全性試験を行うと共に、前臨床試験を監督・調整する。

Grijalva博士 (オハイオ州立大学and CIDR, Ecuador) はワクチン株と野生株のエクアドルへの輸入許可を取得し、CIDRでの研究を調整し、ワクチン株のサシガメの中での生存・増殖能、およびサシガメと動物間での伝播能の検証に参画する。

Villacis博士 (CIDR, Ecuador) はCIDRでのサシガメを用いた研究を統括する。

最終報告書

1.プロジェクトの目的

シャーガス病はクルーズ・トリパノソーマ寄生原虫に起因する中南米の風土病で心不全の主な原因である。本プロジェクトの目的は、シクロフィリン19(cyp19)欠損弱毒生ワクチン株を改良し、野生型ならびに免疫不全マウスで防御効果や安全性、ベクターであるサシガメ内での増殖と伝播性を検証することである。

 

2.プロジェクト・デザイン

CRISPR/Casシステムを用いて、上記プロトタイプ株に残存する第3のcyp19遺伝子と薬剤耐性マーカーを不活性化し、その改良を目指す。改良弱毒株において1)野生型マウスへの防御免疫付与能、2)重症複合免疫不全マウスでの安全性、3)ベクターであるサシガメ内での増殖と伝播性を解明する。

 

3.プロジェクトの結果及び考察

cyp19遺伝子ワクチン株の改良が完了した。同株は急性シャーガス病の予防に有効であり、各種免疫不全マウスでも安全であることが示された。本改良ワクチン株を接種した哺乳動物から吸血したベクター内での増殖や伝播の可能性が認められなかった。慢性疾患予防のためのさらなる研究が進行中である。

 

a)       遺伝子改変:ワクチン開発上、薬剤耐性遺伝子の存在とcyp19遺伝子の残存は各種リスクに繋がるため、CRISPR/Casシステムを用いて、上記プロトタイプ株に残存する第3のcyp19遺伝子と薬剤耐性マーカーを不活性化し改良した。

 

b)      改良ワクチン株の病原性と防御免疫付与能:改良ワクチン株を野生型マウスに接種後、同株は血中・組織に検出されず、病態形成や死亡も認められなかった。免疫しない野生型マウスに野生型トリパノソーマを接種すると、血中・組織内で原虫数が増加しマウスが死亡した。一方、改良ワクチン株で免疫した野生型マウスでは、血中・組織内での原虫数は抑制され、臨床病態や死亡は認められなかった。

 

c)       改良ワクチン株の安全性:改良ワクチン株を各種免疫不全マウス(Rag2、IFN-γ、IFN-γ 受容体、STAT1 各欠損マウス)に接種しても、同株は血中・組織に検出されず、病態形成や死亡も認められなかった。また組織培養でも生存原虫は検出されなかった。ワクチン株を接種した野生型マウスに免疫抑制剤デキサメタゾンを投与したが、血液・組織中に原虫は検出されず、非感染マウスと比較して生存に有意差はなかった。

 

d)      ベクターであるサシガメ内での増殖と伝播性:改良ワクチン株を接種したマウスから吸血したサシガメは同株に感染しなかった。また改良ワクチン株を含む血液を摂取したサシガメの中腸や糞便中に感染性の原虫は検出されなかった。同サシガメの糞便を非感染野生型マウスに投与したところ、血中に原虫は検出されずまた臨床病態は認められなかった。