Our Motivation


グローバルヘルス(Global Health)とは、グローバルレベルで人々の健康に影響を与える課題に対して、その課題解決のためにグローバルな協力や連携が必要な領域のことを指します。従来は、International Healthと呼ばれており、援助を行う側(援助国)と援助を受ける側(援助受益国)との間、つまり「二国間 = International」という文脈の中で、開発途上国の感染症や母子保健、プライマリヘルスケアなどの公衆衛生の課題を解決するかが議論の中心でした。

グローバルヘルスと呼ばれるようになったのは近年になってからで、急速にグローバリゼーションが進む中、SARSや新型インフルエンザなどに代表される国境を越えた様々な疾患が世界的課題となり、従来のように一国だけ、二国間だけでは対処することが難しくなり、国際社会全体で対策を講じなければならなくなってきました。

特にHIV、結核、マラリアの三大感染症は2000年前後から、最も重要なグローバルヘルスの課題として国際社会が取り組んできており、国連が定めるミレニアム開発目標にも国際社会が共に解決すべき課題として取り上げられています。

【参考】今日では、気候変動、精神疾患、ユニバーサルヘルスケアカバレッジ、非感染症なども、世界共通の公衆衛生の重要な課題として捉えられるようになり、広義の意味でもグローバルヘルスのアジェンダとして扱われる機会が増えています。
ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)は、2000年9月にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基にまとめられた開発分野における国際社会共通の目標です。MDGsは、極度の貧困と飢餓の撲滅など、2015年までに達成すべき8つの目標を掲げています。

この8つの目標の中で、グローバルヘルスに関連するものは、目標4「幼児死亡率の削減」、目標5「妊産婦の健康の改善」、目標6「HIV/AIDSマラリア、その他の疾病の蔓延防止」、目標8「開発のためのグローバル・パートナーシップの推進」が挙げられます。その中でも、GHIT Fundは、目標6「HIV/AIDSマラリア、その他の疾病の蔓延防止」、目標8「開発のためのグローバル・パートナーシップの推進」に関連した活動を行っています。

では、なぜGHIT Fundはこのような問題に取り組んでいるのでしょうか。そもそも、なぜGHIT Fundは誕生したのでしょうか。ここから、その背景についてご説明したいと思います。
国際連合エイズ合同計画(UNAIDS)の統計によると、2012年時点で、全世界のHIV感染者数は累計3530万人、2012年の死亡者数は160万人と言われています。これまでに世界で2500万人がHIV/AIDSに関連した病気で死亡しています。

感染者が最も多いサハラ砂漠以南のアフリカの国々では、成人の20人に1人がHIVに感染しており、全世界のHIV感染者の69%がサハラ砂漠以南に集中しています。またアフリカの340万人の子どもがHIVに感染していると推定されており、そのほとんどは母子感染によって生じています。

今日の医学では、HIV/AIDSを完治することはできませんが、抗レトロウイルス薬を服用することにより、健常時と変わらず健康状態を維持することができます。2012年時点で、開発途上国の970万人の人々がHIVの治療(ART)を受けており、2000年代初頭のピーク時と比較すると、感染者数、死亡者数は大幅に激減しました。しかし、治療が必要な患者のうち、1,600万人近くがいまもなお、治療薬を受けることができない状態にあります。また、HIVに感染した子ども用の飲みやすい薬や、医療資源が限られた中でも使いやすい診断薬などの研究開発が必要とされています。
WHOの統計によると、2010年におけるマラリアの感染者数約2億1900万人、死亡者数66万人と推定されています。死亡者の90%近くが、アフリカの開発途上国で起こり、5歳以下の子どもの命が1秒間に1人、マラリアによって奪われています。

マラリアの予防には、マラリア原虫を媒介するハマダラカ(蚊)から身を守るために、殺虫剤を樹脂に織り込んだ蚊帳(かや)や、虫除けスプレーなどのベクターコントロールが用いられます。近年こうした予防方法の普及が拡大し、多くの子どもの命が救われるようになってきました。

一方で、マラリアに感染した場合、すぐに診断・治療をすることが求められますが、医療資源が限られた開発途上国ではなかなか容易なことではありません。一定期間、複数の薬を服用し続けなければならないことも大きな課題です。さらに近年、薬剤耐性マラリアも大きな問題となっています。2009年にカンボジアとタイの国境で、現在最も有効とされるマラリア薬アルテミニシンに耐性を持つマラリアが報告され、その後も南アジアを中心に耐性を持つマラリアが広がっていることが懸念されており、新薬やワクチンの開発の必要性がますます高まっています。
2011年のWHOの統計によると、結核の感染者数は全世界で870万人、死亡者は140万人と報告されています。死亡の95%は、低中所得国で発生しており(そのうち60%がアジア)、HIV感染者の多くが結核にも感染し、HIV患者の死亡数の1/4は結核が原因となっています。
2011年には世界で7万人近くの子どもが結核で死亡しており、大人だけでなく、子どもにとっても結核は大きな脅威であることはあまり知られていません。

結核薬は、医療従事者の観察下のもので半年間以上に渡って薬を飲むことがWHOのガイドラインで推奨されているため、患者にとって大きな負担となります。そのため患者が治療の最後まで服用を続けることができず、結核耐性菌が出現がするということが世界的な問題となっています。治療の第一選択薬となる結核薬に対して耐性を持つ多剤耐性結核(MDR-TB)、第一選択薬だけでなく、第二選択薬にも耐性を持つ超薬剤耐性結核(XDR-TB)などが発生し、治療をより難しくするとともに、開発途上国の患者にとって治療費が高くなりすぎるなどの問題も生じています。

結核は古くからある疾患ですが、現代の結核の制圧には、治療期間が短く、より副作用の少ない薬やワクチンの開発が必要とされています。
顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases:NTDs)は、別名、Burden of the “Bottom Billion”とも呼ばれ、アフリカ、アジア、南アメリカなどの開発途上国の貧困層の中で最もよく見られる感染症で、慢性的な心身の障害を引き起こす疾患群のことを指します。

鳥インフルエンザ、SARSやHIV/AIDSなど近代・近年になってから見られるようになった新興感染症(Emerging infections)とは異なり、NTDsは聖書や源氏物語の中にも登場するほど古くからその病気が存在していました。

日本でも、第二次世界大戦後、国民の大半が土壌伝播寄生虫に感染し、マラリア、フィラリア、住血吸虫症なども見られましたが、行政、専門家、住民が一体となった包括的な公衆衛生活動・寄生虫対策を実施した結果、日本はこれらの感染症の制圧に成功しています。一方で、今もなお開発途上国を中心に、NTDsは人々の健康に大きな影響を及ぼしています。

アフリカの一部の国、アンゴラ、コンゴ共和国、スーダンなどでは、一時は感染症の制圧に成功していたものの、国内紛争によって政情不安・公衆衛生の悪化が生じ、一部のNTDが再興していることが確認されています。
顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases:NTDs)は、別名、Burden of the “Bottom Billion”とも呼ばれ、アフリカ、アジア、南アメリカなど<WHOによる17の顧みられない熱帯病の疾患群>
1. デング熱
2. 狂犬病
3. トラコーマ
4. ブルーリ潰瘍
5. トレポネーマ感染症(イチゴ腫含)
6. ハンセン病
7. シャーガス病(アメリカトリパノソーマ)
8. アフリカトリパノソーマ(睡眠病)
9. リーシュマニア症
10. 嚢尾虫症
11. メジナ虫症(ギニア虫症)
12. 包虫症
13. 食物媒介吸虫類感染症
14. リンパ系フィラリア症(象皮病)
15. オンコセルカ症(河盲症)
16. 住血吸虫症(ビルハルツ住血吸虫)
17. 土壌伝播寄生虫症(腸内寄生虫)
なぜ、これらの感染症は「顧みられない熱帯病」と呼ばれるようになったのでしょうか。

HIV/AIDS、マラリア、結核(通称「三大感染症 Big Three」)は、その有病率や死亡率の高さ、これらの疾患がもたらす様々な社会的・経済的影響の大きさ、人道上の観点などから、2000年前後から国際社会が一丸となってその解決に向けた取り組みを行ってきました。日本は、橋本龍太郎元首相(故)が1998年の沖縄サミットで、途上国における感染症対策イニシアティブを発表し、その後の世界エイズ•結核•マラリア対策基金(世界基金)の設立に大きく貢献してきました。

その後、世界各国からの三大感染症に関する支援は増額され、貧しい人々でもHIV治療薬や結核治療薬、マラリア防止のための蚊帳を手に入れることができるようになりました。一方、顧みられない熱帯病は、あくまで「他の疾患(Other diseases)」と位置づけられたまま、国際社会から注目を浴びることも少なく、感染症制圧に向けた資金確保の面でも「顧みられない」状態が続きました。疾患に感染した貧困層の人たちもまた同様に、国際社会から「顧みられない」存在だったのです。
現在、顧みられない熱帯病のほとんどが開発途上国に分布しています。そして開発途上国の人々は、複数の熱帯病に同時に感染するリスクがあります。例えば、5種類以上の熱帯病が確認されている60カ国のうち、40カ国がアフリカ、9カ国がアジア、5カ国が中南米、2カ国が中東に分布しています。

顧みられない熱帯病は、それぞれ診断方法も治療方法も異なるため、それぞれに関する調査や研究開発が必要です。しかし、こうした熱帯病は、貧しい人々が多く暮らす農村や地方で見られる疾患であるため、国際社会としても問題そのものを認識する機会が少なく、問題が顕在化することは殆どありませんでした。その結果として、三大感染症と比べると圧倒的に支援が行き届かない状態が続いて来たのです。
顧みられない熱帯病は,HIV/AIDS、マラリア、結核と比較すれば、致命的な疾患ではありません。しかし、中長期的に、時には一生にわたって、さまざまな症状や障害が患者やその家族にもたらされます。例えば、子どもが土壌伝播寄生虫症や住血吸虫症に感染すると長期間に及ぶ貧血を引き起こし、成長発育の遅れ、記憶障害や認知機能の障害を引き起こします。妊婦の場合は、低出生体重での出産や、妊婦死亡率の増加につながります。オンコセルカ症やトラコーマは視覚障害や失明を誘発し、シャーガス病は、慢性的な重篤な心疾患を引き起こします。リンパ系フィラリア症は大きく身体の外見に変形をきたし、永続的な障害が患者に残ります。

このように、中長期にわたる障害を負うことで、その人の生活の質(QOL)が奪われ、外見を損なうことで偏見や差別の対象となり、医療だけではなく、様々な社会的な問題も引き起こしています。このように、HIV/AIDS、マラリア、結核と同様に、顧みられない熱帯病は地域や国の社会・経済活動に対して大きな影響を与えていることが近年データからも明らかになってきました。

DALYs:病気や障害を負うことにより失われる、本来健康で生活できるはずの年数を指標化したもの
開発途上国の感染症は、単にそれ自体が重要な疾患であるというだけでなく、様々な社会問題を引き起こす原因の一つになっています。

開発途上国の最貧困層が暮らす環境は、時に劣悪な衛生環境であることが少なくありません。貧困や衛生環境などは、感染症に罹患するリスクを増大させる大きな要因となります。

HIV、マラリア、結核、顧みられない熱帯病に感染することで、就学・就労が妨げられ、家族、コミュニティ、国の社会・経済活動は低下し、大きな損失を生みます。その結果、開発途上国の人々が貧困から脱却することを阻害します。

貧困から脱却が出来ず、生活環境をより良いものに変えることができなければ、感染症のリスクも軽減することができず、この悪循環を断ち切ることが難しくなります。
仮に、ワクチンで感染症を予防し、医薬品で病気を治療することができれば、人々の生活の質(QOL)は改善されます。その結果として、就学・就労が可能になり、社会・経済活動は活発化します。

貧困から脱却するためには、生活環境を改善し、感染症を克服する必要があります。もし感染症の制圧に成功すれば、人々の生活環境は改善の方向に向かい、感染症に罹患するリスクも漸減していくことが期待されます。

感染症の問題は、開発途上国が抱える問題の一つにすぎません。しかし、感染症の制圧によって生まれる好循環、そこからもたらされるインパクトは計り知れません。WHOもまた、開発途上国の感染症の問題を解決することは、MDGsの達成に大きなインパクトを与えるということを指摘しています。